始めの声を聞いてから、もうどれくらい経ったんだろう。
負けたくないんだと言ったチョモの声は、どうやら思った以上に本気だったらしい。
迂達赤は皆そうだ。大護軍が憧れで目標で、越えられない壁で、そしていつも高みにそびえる山。
目の前でみっともない姿を晒したい奴なんて、誰一人いない。
俺も、チョモも、隊長も、テマンも。
今はもういないトルベもチュソクも、きっとそうだ。
だから精一杯の意地も張るし、根性だって見せる。
問題は普段からの鍛錬で互いに死ぬほど鍛えられているのと、手の内も得意不得意も知り尽くしている事だ。
俺が長い手足を使おうとすれば、奴は腰を落として踏ん張る。
つかない勝負に最初は面白がってはやし立てていた周囲の人垣も、今はしんと静まり返って取組を見守っている。
俺がチョモに足を掛け奴の体が揺れればどよめき、奴が腰を落とし俺を吊り上げようとすれば小さな叫び声が上がった。
最後には組み合ったまま、長すぎる取組と西日の暑さとで互いに息を切らし、互いの肩に額を付けたまま顎先から滴る汗で地面にしみを作る羽目になった。
互いに抜き差しならず動けなくなった俺達二人を分ける為に、審判が俺達の間にその手を振り下ろし
「一旦離れて!」
と声を上げた。
参った。今日これまでの取組で大護軍も隊長も、ヒド殿もチホやシウルも、勝つにしても負けるにしてもここまで時間は長引く事はなかった。
互いが実力伯仲の上に互いの手の内を知っていると、たかだか一戦決めるだけでもこんなに時間がかかるのか。
おまけに今日は暑すぎる。
梅雨だというのに汗の最後の一滴までも絞り出すような照りつく陽射しが、遠慮なく体力を奪っていく。
しかしそれは目の前にいるチョモも同じ条件だ。
最後は気が緩んだ方か、諦めた方が負ける。
「始め!」
この取組で何回その声を聞いただろう。
声をかけられて人垣から歓声が上がり、俺達がもう一度正面から組み合った時。
「トクマン様!」
今まで歓声の中で、一度も聞こえなかった声が上がった。
それは周囲の人垣の歓声の中に紛れそうな声なのかもしれない。
俺に耳にしか聞き分けられない声なのかもしれない。
だけど。
「トクマンさま、頑張って!」
声の方に振り向く余裕はない。
そんな事をしてよそ見をした途端、絶対に投げ技を掛けられるのは判っている。
けれどその声が耳に届いた瞬間。
俺は大声で意味のない唸り声を上げながら、全力を込めてがっちりと組み合ったチョモを強引に持ち上げ、そのまま地面にぶん投げた。
「決まり!!」
審判の声、人垣からのひときわ大きな歓声を確かめてから、俺は地面に倒れたチョモの真横に同じように大の字で倒れ込んだ。
*****
「申し訳ないのですが」
審判長らしき男がそう言って、勝ち残った俺達の前に進み出た。
潮時だろう。その声を聞きながら、真赤に燃える西空を確かめる。
トクマンはチョモとの取組で散々体力を使った挙句、今もまだ肩で息をしている始末。
ヒドは鷹揚隊の副隊長と当たり、目にも止まらぬ早業で何事もないよう、あっさりと勝ちを収めた。
他に残るのは迂達赤七人、鷹揚隊を含めた禁軍が二人。
他の者らは市井の民、手裏房、そして托克托の戦士だろう。
何れも見慣れぬ顔ぶれの計二十名。
これは運かと、残った面々を確かめて思う。
迂達赤にしろ鷹揚隊にせよ、敗れた者の中に手練れは多い。
チュンソク、アン・ジェ、テマン、鷹揚隊副隊長。
誰と当たるか、それによって勝敗が決まる。
取組表を拵える審判らも、そこまで実力の差を考えて決めたりはすまい。
残る民らを確かめても、今までの取組で注意を引いたような実力者ばかりとは限らん。
勝負は時の運ともいう。其処を突いても仕方がない。
明日は骨のある奴と遠慮なく取り組めることを願いつつ、全員の目が審判長に注がれる。
誰もが判っているのだろう。肩の力を抜きゆったりとした表情で。
その視線を受けて審判長は
「もう日が落ちます。五戦目からは明日に延期を。明朝、本日と同じ卯の刻、此処に集まるように」
俺達にも、そして周囲の人垣にも届くように宣言した。
その声に俺達二十人もそして周囲の人垣も、夕陽の中で帰り支度を始める。
暑かった一日の疲れと、今も残る取組の興奮の余韻の熱。
そんなものを引き摺るような足取りで、観衆も参戦者も夕陽の中それぞれ帰途に就く。
仕方あるまい。
今日は此処までとあの方へ歩み寄って礼の声を掛けるより先に
「全員このまま酒楼へ来い。迂達赤隊長は敬姫様と侍女殿をお邸へお送りしてから戻れ」
そんな理不尽な叔母上の、非情な声が響いた。
俺とヒド、そしてトクマン、観衆側にいた全員もが、逆らえぬ声に声を上げず項垂れた。

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ふ~
お疲れ様でした
1日目終わりましたね
残ったのは 強者ばかり
明日はもっと すごい取り組みに
なるのでしょうね~
トクマン 力になった
掛け声の主は 想い人かしら?
(●´ω`●)ゞ
お疲れ様でした❤
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トクマンくん と チュモくんの闘い…
二人とも、ヨンが大好きだし、尊敬してるし
背中を見て学んでいるし…
ヨンの前では、絶対負けたくなかったはず。
応援するの、辛かったな。
力は、同格!
トクマンくんの勝利は…(*^^*)
あの 声 のお陰 ですよね。
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なーはははは(^.^)
一番 強いのは大御所 チェ尚宮様!
叔母様だぁ‼️