2016 再開祭 | 桃李成蹊・21

 

 

「カット!今回ロケ分、オールアップです!」

監督さんの声が真っ白いビーチに響いたのも。
その場にいた全員がその瞬間に、大きな歓声を上げて拍手したのも。

まずは飲もうって、監督さんやスタッフさんや俳優さんや、それぞれのマネージャーさんたちとホテルで小さなお疲れさまパーティをしたのも。

「まだまだ最初のロケだから!この後も続くからね!今回はひとまず前祝いってことで」
「やだなあ、思い出させないでよ」
「今夜の酒で太ったら、監督さんのせいにするぞー」
「え、明日ジムで泳いで下さいよ」
「まあ、今夜はいいか」
「そうそう!乾杯!」

何度目かの乾杯で、酔った俳優さんたちと監督さんの軽口にみんなで盛り上がったのも。

「それにしてもミノはやけに静かだなー!」
「今日は無礼講だぞ、1杯飲め」
先輩俳優さんたちに勧められて、ぎょっとするチーフマネージャーさんを横目に
「くーらーで風邪ひいちゃって、咽喉が」

いつの間にか笑顔でそんな風に上手にかわす方法まで身に付けていたあなたに、私の方が驚いたり。

空港のラウンジを貸し切った、帰りの飛行機の搭乗開始までの時間。
無言で眉をしかめて、ぎゅっと目をつむるあなたの向かい。
でも手を握るわけにも行かなくて、ハラハラしながら見守ったのも。

隣同士の飛行機の席での5時間、機内食も食べずドリンクも飲まないあなた。
真白い唇を噛み締めて絶対窓の外を見ずに、シェードを下ろして無言のあなたに溜息をついたのも。

私には全部楽しい時間だったけど、この人はどうなんだろう。

いつでも知らないたくさんの人たちに囲まれて、気の休まる時間もなかったのは分かる。
初めて乗った飛行機が苦手なのも知ったし、無理して怖いのを隠すあなたは可愛かった。

だけど韓国に帰って空港で解散した途端。
チーフさんが裏口に回してくれたバンに早々に乗り込んで、社長さんたちが待つマンションに直行する姿にすごく心配になる。

ひとつは、よくあるじゃない?空港ファッション写真。
スポンサー絡みだから気にしないで良いって、出発前に言われてるけど・・・あれって人気のバロメータじゃないの?
そしてバンの中でもずーっと無言のあなたの態度。
誰かがいる時は理解できても、今は私とチーフマネージャーさんしかいないのに。
ひたすら無言の厳しい表情が気になって仕方ない。

「ヨンア」
「はい」
スモークガラスで真っ暗なバンの車内、疲れた声の返事が返る。
「お疲れさま。久し振りに韓食が食べられるし、今日だけはゆっくり休ませてもらおうね」
「いえ」
「・・・え?」

てっきり、はいって言われると思ってた。
あまりにもハッキリと返る拒絶の声に、思わず大きな声が出る。
「話があります」
「話って」
「奴と」
「奴って、ミンホさん?」
「はい」
「大切な話?帰国して早々、話さなきゃいけないような?」
「はい」
「私が先に聞いておいた」

聞いておいた方がいいんじゃない?あなたが何か言う前に。
ミンホさんに、あの時のあなたを思い出させるあの人に、これ以上ストレスを感じさせちゃう前に。
あなたみたいに考えられないほど弱り切って、それを周囲の人に打ち明けられないほど抱える前に。

だけど最後まで言わせまいとするみたいに、声の途中で並んで座るあなたが私の指先を握り締める。
こんな暗い車内なのに、見て確かめたわけでもないのに、最初からどこにあるか知ってたみたいに。

言う気はない。これ以上聞かれたくない。
あなたの声が聞こえてしまうから、何も言わずにその大切な指先を握り返す。
それなのにあなたの指は離れない。
不満げに少し力を込めて、私の左手の指先を握り締めたまま。

なぁに?

首を傾げてその瞳を見ると諦めたのか、他の指はこの指先を握ったまま、長い人差し指がそっとなぞった。
2つ重ねて私がつけてた、私たちの結婚指輪。
「返してって言って、外せばいいのに」

私が小声で言うとこの人が驚いたみたいに目を丸くして首を振る。
「縁起でも無い」

その声に笑いながらあなたの指先から自分の指を抜く。
上の自分のリングを外すと、あなたが手の平に受け取ってくれる。
下の大きな緩いリングを外して、あなたの左手の薬指にはめ直す。

何だ。私も知ってるじゃない。どこにこの指が待っててくれるのか。
そこにしっかりリングをはめて、一度だけその上からぎゅっと握る。

こうやって何度だって確かめる。そのたびに新しい気分になる。
まるで何度も結婚式をするみたいに。新しい誓いを交わすみたいに。

離さないでね。忘れないでね。何度でも逢いに来て。私を探して。
私も何度でも帰って来る。二度とあなたを1人にしたりしないわ。

心臓に繋がってる、硬くて割れない誓いのダイアモンドのリング。
もしもこの世界でこれより素敵なブランド物のリングを買えても、他のどんなものと引換にしようとも思わない。

あなたの手の平に預けたリングが、もう一度私の薬指に戻って来る。
忘れない。もう一度あなたがこうやってつけてくれた時を。

「お疲れさまです」

チーフさんの声と一緒に、マンションの地下駐車場に車が停まる。
車を降りると駐車場の照明で、自分の左手薬指を確かめる。

ああ、こんなに日焼けしたんだわ。

重ねてはめてたリングが残した、2つ分のリングの日焼け。
今は自分のリングと一緒に、白いリングをはめてるみたい。
「見て見て?」

あなたの目の前にその左手を広げて、自慢げに見せびらかす。
「得しちゃった。あなたのリングとまだ一緒にいるみたいでしょ」

陽気な私のその声に、あなたは嬉しそうに私の髪を一度だけ撫でた。

久し振りに指輪をはめた懐かしい感触の、その左手の手の平で。

 

*****

 

「お帰りなさい。お疲れさまでした」

大きな扉をくぐるなり出迎えた女。
この方は声に頭を下げて、その女に笑って言った。
「戻りました。おっしゃる通り、出国も入国も本人は何も。全部スタッフの方が纏めて手続きを」

そう言って手に持つ包から、緑色の小さな帳面を取り出し女に渡す。
女は安堵したように頷きそれを受け取った。

危険な橋はもとより覚悟。この方が俺に知られぬようにと計っているなら渡るのみ。

敢えてその遣り取りを見ぬように、この方の脇で回廊の突き当り、別部屋への入口を眺める。
奴は今日もまだ表には出ず、その奥に居るらしい。

どれ程に息が詰まるだろう。まるであの頃皇宮を出たいと足掻いた己のように。
但し一番の違いは俺は逃げる為、奴は戦う為、其処から飛ぼうとしている事だ。

この視線にすぐに気付いた女人二人が、立ち話の声を止める。
「ヨンさん、ウンスさん、玄関先でごめんなさい。どうぞシャワーを浴びて、ゆっくり休んで下さい。今日は他のスケジュールはオフなので」
「あ、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて」

そんな声が掛かるのを合図に、そのまま回廊を真直ぐ扉へ歩く。
まるで白い浜で、かめらを覗く男にきゅーと言われた時のように。

訊きたい事も言いたい事も、互いに山程に積もっている。
奴は全て確かめているだろう。俺は隠す事など何も無い。

扉を抜け大きな居間に踏み込めば、奴の姿はいつもの肘掛椅子には見当たらん。
天井へ届く窓からの陽で白々と光る部屋の中、王不在の椅子だけが其処にある。
己の玉座を治めず、寝屋でふて腐れてでもいるか。

「ミンホは」

その声にこの背の後、あの方と並んで入って来た女が視線で寝屋の扉を指した。
「まだ寝てるかもしれません。昨日遅くまでヨンさんの出演分の画像チェックをしていたので」
「話がある」
「判りました。声を掛けておきます」
「頼む」

逃げても始まらん。お前も俺も。
頷いた女に顎を下げ踵を返す。

まずは湯浴みを、そして水を飲ませ、この方をゆっくり休ませねばならん。
あの鉄の鳥。轟音と共に空を飛ぶ見上げる程にでかい翼。
奇轍が慾の黒い穴に呑まれる最期の最期まで、見たいと熱望していた天界。

この方の言う通りだった。天界には確かに目を奪うものは多い。
心に黒い慾の穴が開いた者もいれば、成すべき役目を遂行する為に自身を駆り立てる者もいる。
慾深い者に追従する奴もいれば、自身を駆り立てる者を支えんと己を顧みず信じる馬鹿もいる。

そして変わらない。
己よりも大切な者が、護りたいと心から願う者が一人でもいてくれれば乗り越えて行ける。
二つ残った指の輪の白い跡が嬉しいと笑ってくれる女人がいれば、命を懸ける気になれる。

あの男の癖を盗み見た。耳を欹て声を聞き、その抑揚を、語尾を。
視線を、指先を、肩を。何に反応するかを。その時どう動くかを。

言葉だけでなく動きを読め。その動きから肚を読め。
奴らに散々言って来た己が出来ずにどうする。
俺がしくじった時、蹴りや拳を飛ばして諌める者はこの世に居ない。

俺のあなたに負け戦は似合わん。そして王の負け戦は命取りとなる。
あなたを勝たせる為、そしてあの王の朋として、俺が成すべき事は。

まずは王命を訊かねばなるまい。その意向、そして隠し続ける肚裡を。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    やっと韓国に帰って来ましたね(^^)
    ヨン、本当にお疲れさまでした。
    ウンスさん、
    ミンホのストレスの心配する前に
    貴女の一番大切な旦那様の
    ストレスを心配しないと
    駄目なのでは?

  • SECRET: 0
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    ウンスかわいいわね~
    変わらず なんの欲もなく
    ただ ただ ヨンのことだけ… 
    ヨンの指輪の跡でさえ 喜んじゃう ( ´艸`)
    たまらないわ~♥
    今の ミノの気持ちを
    聞いてあげられるのは
    ヨンなのかもね~ 
    何がしたい、 どうしたい、

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