2016 再開祭 ｜ 嘉禎・32

「今、候補を探してるところなんです」

白衣を着たお姉さんに先導されて、建物の施設内をゆっくり見て回りながら歩く。
お姉さんは廊下で時々立ち止まっては、そのドアを開けて中を見せてくれる。

たくさん窓のある、天井も高い、明るくて清潔な館内。
低く静かにクラシック音楽が流れてる。
広い廊下には、たっぷりスペースを取った部屋のドア。
多分車いすでの動きも考えてるんだと思う。段差は全くない。

パンフレットにはスパ、マッサージ、産後ヨガに骨盤矯正。
自由に使えるエクササイズルーム、チムジルバンにエステ。
食事は間食と夜食を含めて、1日に5回。韓食を基本のフルコース。
もちろん掃除や洗濯、そんなものは全部施設任せ。

上げ膳据え膳って、まさにこの事じゃない。天国みたいな気分よね。
まあ、そもそも媽媽が家事をされるとは思えないけど。

提供される食事メニューや、準備してるエクササイズの器具をさりげなく確認していく。
ヨモギ蒸しの椅子があるのに頷いたり、遠赤外線効果の高いチムジルバンの設置に納得したり。
出産後はゆっくり体を暖める事が必要ってことね。

「お互い親元を離れてますし、この人の仕事上帰るのも難しいので。
江南の近くで便利な産後調理院を探していて」
「そうなんですね。ここはいったんディポジットを頂いて、後で清算の形になりますが」
「構いません」

申し訳ないけど、来るわけじゃない。施設とメニューの確認だもの。
私はそう思いながら頷いた。
「出産後の食事で、何か気をつけることは？」
「当院では、可能な限り化学調味料の使用を避けています。
正常分娩でドクターの指示がなければ神経質になる事はないと思いますが、スナックやファストフードは控えて頂くようお願いします。
あとは塩分量、アルコールなどですね。出産後の食事は、そのまま母乳に影響を及ぼすので」
「特にこれを食べた方がいい、っていうメニューは？」
「当院では食事は専門の栄養士が計算してメニューを作っています。ご心配される事はないですよ」

そうか、そういう事よね。 ここに来たら全部お任せだもの。
自分で何を作るか考えるなら、最初から産後調理院には来ないわよね。
メニューチェックは失敗したけど、仕方ない。
もらったパンフレットをゆっくりめくる。
2週間で800万ウォン。上げ膳据え膳とはいえ、いいお値段。
「あ、ただ」

案内のお姉さんが、にっこり笑って私を見た。
「お飲み物は好みがあると思いますが、出来る限りノンカフェインの温かい飲み物をお勧めします。
ハーブティーもお勧めです。
特にフェンネルやフェネグリークは、母乳サポートハーブと呼ばれるくらいですから」
「フェンネルと、フェネグリークですね？！」

途端に元気になった私を見て、お姉さんは不思議そうに頷いた。
「後は何といってもミョッククですね。当院でも毎食ご提供します。血液浄化作用や、流れをよくする働きがありますし。
食物繊維、フコンダインやヨード、ミネラルもビタミンも豊富ですから。サプリなら鉄分やコラーゲンがいいですね。
ほうれん草、青梗菜、煮こごりが出来るような魚。
当院でもミョッククは鶏のスープで作ります。特に手羽を多めに使います」
「はい！！」

そうそう、そういう情報が聞きたかったのよ。
良いわ、だんだん良い流れになって来たんじゃない？
そう思ったのもつかの間。
「失礼ですが、お仕事は」

お姉さんは、突然その流れを断ち切るように話を変えた。
「私は外科医です。主人は･･･軍関係の、仕事を」
「軍人さんですか！」

･･･え？
嬉しそうに目をキラキラさせた案内のお姉さんは、私の横のこの人を必要以上に熱く、熱ーく見つめた。
「どうりで、体格も立派だと思いました。きっと優秀な高官なんでしょうね」

･･･ちょっと待って。話がおかしくなってきてない？
軍人は安月給、これって常識じゃないの？
2週間で800万ウォン、払えるかどうか心配するとこじゃないの？
「ご主人も同室でお休み頂く事も出来ますが、奥様が落ち着かないならコネクティングルームがございます。
お一人でお休み頂く事ももちろん出来ますし、朝食を召しあがってから出勤して頂けます。
奥様が何も心配されなくても問題ないですよ。施設のスタッフがご協力します。
ご主人にもお気軽に、ご自宅のようにお過ごし頂けますから」

ちょっと待ちなさいよ。何それ。
あなたは赤ちゃん産んだから大変でしょ、旦那さんのお世話は私がするわって聞こえるのは、考え過ぎ？
ここから一番大切なところよね？
少なくとも調理院なら分娩後のケアはもちろん、産婦にどんな医療サービスが提供されるのか。
新生児の体調不良なんかが起きたら、提携のNICUはどこなのか。
そこじゃないの？そこじゃないわけ？！

「あの、もしかして、今日奉恩寺にいらっしゃいませんでしたか？」
お姉さんの突然の声に、あなたが私を見る。
私は驚いて口を開けたまんま、お姉さんをじっと見る。
「･･････え？」
「これなんですけど」

お姉さんは嬉しくてたまらないって顔で、白衣のポッケからスマホを出して、画面を私に向けて見せた。
SNSのタグは＃꽃미남오빠　＃봉은사
イケメンオッパ？奉恩寺？
そして確かに、そこに映ってる･･･
映ってる、思いっきり。斜め横顔のこの人のバストショットが！

今日COEX前でこのオッパにぶつかった！本物はこの1000倍ステキ
＃꽃미남오빠　＃COEX

奉恩寺の弥勒菩薩の前にいた！隠し撮りしちゃった❤
＃꽃미남오빠　＃봉은사

今朝ホテルのビュッフェで見た人だと思う。もうチェックアウトしてるかもしれないけど。
＃꽃미남오빠　＃Inter***　SEOUL

全部奉恩寺周辺だね。放課後探しに行ってみようっと！
＃꽃미남오빠　＃봉은사

待って･･･リツイートのこの数。10000越えって、いっくら何でもおかしくない？
「やっぱりご本人ですか？ここから近いから、昼休み奉恩寺に行って探そうと思ってたんですよーー！！」
お姉さんが悲鳴のような声を上げる。
その声に遠巻きに見守ってた他のスタッフどころか、パジャマ姿の産婦さんたちまでざわざわし始める。

本人ですかって、イエスともノーとも言ってないじゃない！
私は手の中のパンフレットを、力いっぱい握りしめる。
ぐしゃっと音を立てて、手の汗で濡れたパンフレットがつぶれる。

嫌な予感はしたのよ。だから何か騒ぎがあったか確かめたのに。
この人と一緒にビジネスセンターに行った時。
検索ワードに何故か突然「奉恩寺」がランキングしてるのを見つけた時。
したけど、だけど！！！

「ひ、と違いですよ」
乾いた声で私が言うのに、お姉さんはもうそんな声全く聞いてない。
ただひたすらこの人をじっと見つめて、そしてひたすら話しかける。
「写真で見ただけでもかっこいいと思ったけど、でもこんな近くで見れるなんて！
本当にステキですね！芸能人じゃないんですか？
あ、良かったら、写真一緒に撮ってもらえませんか？」

って、何でスマホを私に渡そうとするわけ？！
どうして妻の私が、夫と女の2ショット撮らなきゃいけないのよ？
浮気調査中の探偵じゃあるまいし！！

あなたは戸惑ったように後ずさりながら、今にも掴みかかりそうな勢いでしゃべりまくるお姉さんから目を逸らして、私の事をじっと見てる。
如何しますか。
その唇が小さく動く。
逃げる。
唇で返すとうなずいて、大きな手が私の手をぎゅっと掴む。

「と、とりあえずありがとうございました。検討して、また連絡を」
「ご予約頂けるなら、是非！！必ずお待ちしておりますから」
「あの･･･まさか今、ここでのこの人の写真なんか撮ったり･･･」
「いえ！当院はお客様のプライバシーを大切に守ります。
館内でのお客様の様子や顔写真を無断で撮影したり、ネットに掲載したりする事はございません」

ほんとでしょうね？ なら何で、2ショット写真をねだるわけ？
無断じゃないから撮って載せた、なんて言わないでよ？
もうここは逃げるしかない。これ以上拡散する前に。
その瞬間に頭を下げて
「また連絡します！」
小さく叫んで、今来た廊下を全速力で走って戻る。

あ、妊娠した事になってたんだっけ。

思い出したのはあなたと調理院を飛び出して、上げた手に急停止したタクシーに飛び込んだ後だった。