しばらく見つめ合って、私の意志が変わらない事が伝わったらしい。
キム先生はしばらく難しい顔で腕を組んだままで黙り込んだ後に、やっと顔を上げる。
「ウンス殿の所見は捻挫、しかし患者は発熱した様子があった」
「うん」
「患者は水桶に頭を突込んだ」
「うん、そうよ。私の目の前でしっかり確認したもの」
「では気絶したのは、その時急に頭が冷えたからでしょうか」
「可能性としては低いでしょ?その後私はここまで戻って、荷物を取って戻ってる。
もし急な温度の変化が理由なら、もっと早くに気を失うとか、少なくとも前駆症状が出ると思う。
頭痛、吐き気、欠伸、倦怠とか、顔面蒼白とかね。全然なかった。とても元気だったもの」
今ここで何をどう話したって推論でしかない。もう後は実際診察するまで。
キム先生も同感なのか、私の一言ごとにやたらと首を傾げてる。
骨折で発熱ならまだ理解できる。
だけど捻挫なんてよっぽどひどく捻らない限り、まして捻挫した直後に発熱なんて。
キム先生もどうにか因果関係を探そうとしてるのか、やけに細かい質問をしてくるし。
「頭を桶に突込んだ時は何でもなかった。そしてウンス殿が戻ってから、気を失った・・・」
「そうよ。どれにしても、捻挫の典型的な副症状には合致しない。だから心配なの」
「熱は高かったのでしょうか」
キム先生は私に確かめるように聞いた。
「分からない」
私が正直に告げると、唖然とした顔の口がぽかんと開く。
「は?」
そう。熱が出たって判断したのは顔が真っ赤だったからで、実際触診したわけじゃない。
「捻挫の方が心配で、応急処置で先にそっちを冷やしたの。捻挫が原因の発熱なら、それが優先処置でしょ?
まず当帰を買って届けるために急いでたから。テギョンさんの脈診も体温の確認も、その場ではしてない」
私の声に半分呆れて、でも半分興味を引かれたように
「・・・では、発熱自体の真偽も判らない」
キム先生はまるで私じゃなく、自分に言い聞かせるように呟いた。
それは事実だから、私もその声に頷いた。
「そりゃそうだけど、でも耳まで真っ赤だったわ。それにそのまま水桶に頭を突っ込んだのよ?」
「成程」
何を考えてるんだろう。キム先生はお得意の笑顔を浮かべると、急に納得したように深く頷いた。
「そして、ウンス殿が二度目に駆け付けた時」
「うん。捻挫をきちんと治療しようとしてる時に、気を失ったの。ほんの数秒だったけど」
「そうでしたか」
「前駆症状・・・前触れがあったかどうかまでは、まだ聞いてないわ。気分が悪くなったとか、眠気があったとか。
ただ欠伸の兆候はなかったし、吐き気がありそうな様子もなかった。
迷走反射神経・・・えー、と、肉体的にどこも打ってないって言ってはいた。
精神的な衝撃とか、そういうのが理由だったんなら比較的安全だって判断ができるんだけど。
私が膝枕して、お伴の人が足を高くしてたら、すぐ意識は戻ったし」
キム先生はようやく心から納得したように、何故か満面の笑顔を浮かべた。
「精神、とは心のことでしょう。心が強い衝撃を受けても、人は気を失う」
「うん。だいたいはストレス・・・気鬱が高まると、って場合が多いけど。
でもびっくりし過ぎたり、思い詰め過ぎたり、って場合もなくはないわ。よっぽどマジメだったり、繊細な人なら」
「ウンス殿」
「なに?」
「御子息に膝枕をしたのですか」
「うん。だって固い木の椅子に、気絶した人をそのまま寝かせるなんて危ないでしょ?万一そこから転げ落ちでもしたら」
「チェ・ヨン殿は、それをご覧でしたか」
「はい?」
何でここであの人の名前が出るの?
私は意味が分らないまま、キム先生の笑顔を見つめた。
「チェ・ヨン殿は、その患者と会っておられますか」
「トクマン君と一緒に駆け付けて来たから、会ってるわ。テギョンさんが意識を取り戻して、膝枕してる時に来た。
その後みんなで支えて、お邸まで連れてってくれたもの」
何故テギョンさんの気絶と、あの人が関係あるのよ?
意味が分らないまま、まずは今までの経緯を思い出せる限り正確に話す。
「その後、お邸に入ってからはテギョンさんは眠ったみたいで。起こすのも申し訳ないから会ってもいない。
追加の診察もしてない。だから早く、せめて根本原因の捻挫の治療だけでも確実に」
「全て判った気がします。まずは実際四診をしたいので、私も共にお邸へ伺って良いですか」
キム先生は今日一番の快心の笑顔で、私に向かって尋ねた。
*****
「申し訳ありません」
あの若い男の住む、大きな屋敷の門の前。門番が俺達に向かって深く頭を下げた。
まだ蝉が鳴き始めるにはずっと早い。梅雨さえ迎えてない五月。
通りにも、垣根にも、目に付くところに咲いているのは春の花。
紫陽花が色づく前から鳴くような、気の早い蝉などいない。
もう疾うに申の刻を回っても、まだまだ昼間の明るさだ。
空を赤く染めるまでにあと優に一刻は残っているだろう。
だからこそ大護軍も、渋々俺を医仙の伴に付けるしかなかった。
ご自分はまだ迂達赤での鍛錬が残っているせいで。
さっきだってそうだった。本来なら、絶対ご自分が共に来たいはずなのに。
迂達赤兵舎に戻った後の大護軍からの命を思い出しながら、俺は門番のうろたえる姿をじっと見つめた。

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侍医もお疲れ様なことで(笑)
ウンスさんはいまだに
よくわかってないみたいですけど
侍医が すっきり解決してくれることを祈って
そうでないと トクマンはじめ
迂達赤が… ( ̄Д ̄;;
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若様の熱と気絶
侍医も原因が分かったようですね。
色恋に疎いウンスだけが
まだ分からない(^^;
ヨンが本気で怒る前に
若様の熱を冷まさないとね!
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キム先生気が付いた感じですね(^-^;)ヨンアのイヤな予想当たっているかしら!Σ( ̄□ ̄;)今後どうなるだろうφ(..)ハラハラドキドキです(^-^;)