2016再開祭 | 秋茜・参

 

 

「・・・ねえ、ソンジン」

反正の功労で与えられた質素な庵。
成り行きとはいえ同居を決め込むその庭で、縁台に座って秋夜の空を見上げる背に声が掛かる。

相変わらず鈍い女だ。俺が兵だと何度言えば判るのか。
背に立てばすぐに気付く。
そこから見つめ続ければ、どれ程鈍い者でも否応なく気付くだろう。
夜空の東に上がった月が、庭に揺れる木々の枝の頂に触れる程の長い事見つめ続ければ尚の事。
気付くなと言う方がおかしい。

いつ声が掛かるのか。何を考えているのか。
東空に光る空鏡が緩やかな白い線を描き、頂に上るまで待ち続けた。
そうして無言で一体何を考えている、ソヨン。

そんな時にようやく呼ばれ振り向いた視線の先。
縁側に立った女が、じっとこちらを向いている。
その目に月の光を宿し、今まで俺を見ていた事を誤魔化しもせず。

「ソンジン。王様、変だったと思わない?」
「・・・さあな」

やっと掛かったその声は、俺でなく王を案じるものか。
「おかしいと思う。私はあんたほど長く一緒にいないから、どことははっきり判らないけど」
それでも即座の返答に安心したか、女は縁側を降りると鞋を突掛け庭へ出て来た。

頂からの月光で濡れたように光る黒髪。
もっと濡れたような黒い目が俺を見る。
「私が御医様なら薬を変える。ううん、薬よりもっと大切なものがあると思う。
気鬱が溜まっておられるみたい。夜にも眠れないならまずは体を動かさないと」
「御医に言え」
「言えるわけないでしょう!」

こうして庵へ戻った途端、この女は途端に構えを解く。
宮廷にいる間は戦場に立つ武人の如く着込んでいる心の鎧を脱ぎ、振るっていた言葉の鞭を納め、俺のよく知る減らず口な女に戻る。

「唯でさえ妓女上がりがあんたと王様のおかげで首医女になったと思われてるのよ。そんな私が誰に何を言えって?」
「力で黙らせろ」
「何よ。殴って言う事を聞かせろとでも」
「馬鹿かお前は」

思わず濡れたような黒髪に伸ばしかけた指を諫めて拳を握る。
触れる事はない。こうして由佐波利のように揺れている限り。

「医の力でだ」
「ねえソンジン。あんたって賢そうに見えるけど、本当は違うのね」
平然と無礼な事を口にしながら、ソヨンは縁台の横に腰かける。

「私程度の力なんて内医院の医官なら誰でも持ってるわ。同じ力を持ってるなら医女より医官。女より男。妓女より両班。
その声が優先されるの。それが当然でしょ」
「そう思うのか」
「普通なら誰だってそう思うわよ」
「お前は、そう思うのか」

あの時の言葉は何だった。ウンスとそっくり同じあの言葉は。
男も女も変わらない、あれは口から出任せか。偶さかの一致か。
そこに何かを感じた俺が愚かだったのか。

お前はどう思うのか知りたい。
本当に男も女もないと思うのか、お前の本心だけが知りたい。
この胸の中の疑問を解きたい。
何故ウンスの気配が、笑顔が、息遣いがこの女に重なるのか。
心の声の出処を突き止めたい。
此処に居る、此処に居ると繰り返す、俺のもので俺でない声。

そうすれば、揺れ続ける由佐波利が止められる気がするんだ。

秋の月夜の下、横の女が珍しく先に俺から目を離す。
そしてそっぽを向いてまた言った。
「ねえ、ソンジン。月がきれい」

あの時の、闇に浮かぶ白い横顔。月が落とした長い睫毛の青い影。
夜目にも赤い唇と亜麻色の髪で、ウンス、お前は言った。

ソンジン、月がきれい。

無論誰でも言うだろう。こんなに美しい月の許にいれば。
それなのに何処かで声がする。

イムジャ、戻って来い。
俺は此処に居る。同じ月を見ている。

俺の周囲には正真正銘、イムジャと呼ぶ女などいないのに。
判らない。だから知りたい。突き止めたい。

空を見上げる女の影と、地に目を落とす俺の影。月光は庭に平等にその影を伸ばし、徐々に角度を変えていく。

 

 

 

 

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