2016再開祭 | Advent Calendar・11

 

 

「まさかー!それなら居場所を転々としたりしません。しっかり戦います。母は強しっていうじゃないですか。
それは万が一の時、証拠を目立たずに録音できるかなって思って買ったんです。すごく可愛かったし」

その笑顔にほっと胸を撫で下ろし、撫で下ろした後に首を傾げる。
俺は一体今、何に安心したんだ?
子供がいれば、彼女だけをガードすれば良いという問題ではなくなるからか?
自分のガード対象に関して、知るべき情報に漏れがあったという不安からか?

そんなこちらの気も知らず、クォン・ユジは一人で納得したように言葉を続ける。
「もし夫や彼がいれば、まずその人に頼ったと思います。一緒に警察に相談するとか、もっと早く行動に出たと思います。
第一そういう人がいれば、あの訪問者も違う行動を取った気もするし・・・
あんな風にこっそり部屋に入ったりはしなかったんじゃないかなあって」

彼女が一人きり過ごした時間の長さ、警察に相談する迄の経緯、その中でこんな冷静さを保っていた事に少し驚く。
確かに言う通りだ。同居男性がいれば事態は変わっていただろう。訪問者が住居侵入する事もなかったかも知れない。

彼女を怯えさせないように口を噤み、頭の中で考える。
その時は訪問者は早い段階で、もっと直截的な手段に訴えたかも知れない。
住居侵入も辞さない相手だ。まして同居人がいたとすればそこから情報が洩れる事を想定するだろう。
盗聴器どころか殴る蹴る拉致する、より最悪な状況に陥った可能性もある。

この一件を知って以来、そこが常に引っ掛かる。
容易に住居侵入しダウンジャケットの中に盗聴器を仕掛ける手の込んだ真似をしておきながら、彼女に一切手は出さない。
身の危険が及ぶような行動を起こさない訪問者。
出来ない筈はない。彼女が一人で転々と移動している事も、その確実な居場所も把握しているのだから。

発想の転換が必要なのかもしれない。彼女は狙われているのではなく、守られているのかもしれない。
その可能性も捨てきれない。
では、然程重要な情報を知っていると思えない彼女を守る理由は?そして何から、誰から守っている?

脳細胞もそろそろオーバーヒートだ。確実な情報は少なく、想像で突っ走るだけなら素人でも出来る。
ショートする前に脳の回路のスイッチを切り、彼女に向けて笑って頷く。
穏やかに見えるように苦心しながら一言だけ。

「そうですね」

相手が攻める気でも守る気でも、今ここで彼女を100%守れるのは俺だけだから。
そして守ると約束した。彼女にも先輩にも。
約束した以上は全力を尽くす。頭も、体も。
そうでなければMENSAにスカウトされた頭脳も、射撃訓練のハイスコアも、先輩に鍛え上げられたテコンドーの技も泣くだろう。
そして・・・今はどこに向かえば良いのか、自分でも判らない心も。
少なくとも今この瞬間ウンスの事は考えない。守るのは目の前のクォン・ユジだ。

持ち上げたテディ・ベアの頭を撫で、もう一度カウチに寝かせる。そんな俺の仕草に笑うと、
「じゃあテウさん、お風呂お借りします」
律儀に頭を下げ、彼女はバスルームの方へ廊下を歩いて行った。

 

*****

 

2人の吐く真っ白の息が、ふわふわと白い雲になる。
雪の庭を眺めながら、膝の中からあなたに言った。
「よく降るなあ。今日はほんとに寒いわね」
「はい」

あなたはそれ以上何も言わずに、後ろから黙ってぎゅっと強く抱きしめてくれる。
もう一度丁寧に分厚い毛布でぐるぐる巻きにされながら笑うと、あなたも嬉しそうに笑って、最後に冷たい頬と頬がくっついた。
「ヨンア」
お互いのほっぺたをくっつけたままで呼ぶと
「はい」
大好きなあなたの、穏やかで低い声が戻って来る。

「大好きよ」
「はい」
「はいって、それだけなの?」
「・・・はい」
「俺も好きだよとか、愛してるとか」
「いえ」

即答されてくっついていたあなたから離れて膨れた私の頬を、大きな片手で包み込んで、親指と人差し指が膨らみをつぶす。
「金言は、矢鱈と口には」
「大切だからこそ、いっぱい聞きたいのに」

困った奴だって、背中から覗き込むあなたの黒い瞳が言ってる。
そして私がいつでも聞きたいと思ってる、大切なその金言も。
それが分かるから、わざとつんと澄まして言ってみる。
「言ってくれてるからいいわ。許してあげる」
「はい」
「私はあなたみたいに目で話せないから、何度でも言うわ。
あなたの名前を呼ぶわ。すぐに気づいてもらいたいから。ヨンア」
「はい」
「思い出してね。私があなたの名前を呼んだらすぐに気付いてね。あなたの事を愛してるって、いっつも言ってる。
無視したら怒るわよ?ちゃんと気付いてね?」
「必ず」
「うん。約束」

分厚い毛布の下から苦労して引っ張り出した小指に、しっかりした小指が絡まる。
約束の指。赤い糸が繋がる、大切な指。
その指が温かいのに安心して、私はそのまま腕を伸ばして、広い肩からずり落ちそうな毛布をもう一度しっかりと掛け直した。

 

 

 

 

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