「チョ・・・ン、瓦台」
あまりの予想外な依頼に、我ながら間抜けな声が漏れる。先輩は当然という顔で頷いた。
「そうだ」
「目撃者・・・総務秘書官室所属・・・まさか」
思い当たる案件は一つしかない。
一点に向け脳がフル活動を始めると同時に、別のどこかがしんと静まって行く。
青瓦台。総務秘書官室所属。目撃者。
客船の沈没から2年以上経ち、韓国初の女性大統領のスキャンダル発覚と共に再び脚光を浴びている、例の空白の7時間。
「あの7時間を知る人間ですか」
「全部言わせないでくれ。だから言っただろ、お前の方が詳しいと思うって。逆に聞きたい。そっちに話は行ってないのか」
「先輩、わざと言ってませんか。俺達は大統領の直属機関ですよ?あくまでも大統領と青瓦台を守る為の機関です」
「弾劾訴追は終わった。職務停止状態なんだから、もう元大統領だろう」
「それでも次の大統領は決まっていません」
国情院にとって、事実は二の次だ。大統領こそが正義の全て。
逆に状況によっては大統領を支持するよう世論も人心も誘導する、それがどう受け取られようと。
過去にもそれで、幾度も事件を起こしている。
「俺がその目撃者を庇える訳も、まして預かれる筈もない」
「・・・テウ」
「他の頼みなら何でも聞きます。でもそれは無理だ。それだけは」
「判ってる。でも、だからこそお前にしか頼めない」
先輩は真面目な顔で俺をじっと見つめる。
さっきまで壁のアドヴェントカレンダー相手にクダを巻いていたのと同一人物とは、とても思えない冷静な目で。
「事実を知りたい。それが国民の総意だ。未来も将来もある高校生が何人も犠牲になった。
国民は怒ってる。誰かが明かさなけりゃ、真相は闇の中だ。
誰かが断罪しなけりゃ、本当に責任を取るべき人間はいつまでも平気な顔でのさばり続ける。違うか?」
こんな居酒屋の片隅で交わすべき会話ではない。俺には任務がある。果たすと誓っている任務だ。
守るべき大統領がいる。その敵にもなり得る目撃者を守るなんて、職務違反にもなり兼ねない。
だが完全に酔いの醒めた顔で、向かいの先輩は姿勢を正す。
「違うか、テウ?お前は事実を知りたくないのか?」
「先輩、それは」
「俺達は全員知ってる。犠牲になった高校生は無実だ。そうだろ?
今でも冷たい海に沈んでる、それは誰のせいなのか。
何故沈没の直後に、一次救護が行われなかったのか。
何故あの事故の直後に世界に向けて助けてくれと言わなかったのか。
何故遺族は泣きながら海を眺めるしかなかったのか。
事故の直接の責任者は、確かに船会社だろう。
だけどこの大事故は、引き起こした船会社だけ裁けば終わりか?それで良いのか?」
「先輩」
「俺は納得できない。人命はそんなに軽くない。責任のある人間は全員責任を負わなきゃいけない。
だから、誰に責任があるのか知りたい。お前は違うのか?」
「先輩!」
「俺は、お前の根っこは本物の刑事だと思ってる。真実を知って、被害者を守って加害者を捕まえる。
単純だけどそれが出来る男だと思ってる。どれだけえらくなってもな」
「それは」
「利害も損得も関係なく目先の誘惑にも負けずに、正義の中の悪も、逆に悪の中の正義も見つけられる男だと思ってるんだ、テウ。
世間では殺された人間は被害者で、殺した人間は加害者と呼ぶ。でもお前は殺された人間の中の悪も、殺した人間の中の善も、両方見つけられる男だと思ってるんだよ」
「・・・法科出身のせいでしょう」
「そうかもしれんが」
「でも先輩。不利な証言をする可能性のある目撃者を」
「だから不利とか有利とかじゃない、真実を知りたいんだ」
「だったら先輩が署で保護すれば良いでしょう!」
「出来るならとっくにやってるさ。署長にも相談した」
先輩は悩ましい大きな溜息を吐くと、テーブルの上に突っ伏して恨めし気な上目遣いでこっちを見た。
「だけどお前も覚えてるだろう。事なかれ主義で今から定年後の年金の事しか頭にない男だぞ。中央の面倒に首を突っ込むかよ。
所轄の事件の目撃者じゃないのに、うちの署が保護する義務はないとか抜かしやがった」
「成程」
「それでも大統領が現役続行するなら、お前には頼まなかった。もうその可能性はないぞ?
罷免は免れない。操を立ててる場合か?次の大統領は絶対野党から選出される。
その時、今回の目撃者の証言が必要になるかもしれないだろう」
それはその通りだ。
首相が大統領代行を担っているとはいえ、北との一触即発の状況も含め、国際的な大事が起きた時には他国との発言力の差が大きい。
一刻も早くその差を埋めなければ、開くばかりになる。
俺の操は誰に立てるべきだ。元大統領か、選出すらされていない次期大統領なのか。
揺れる心を見透かすように、先輩は畳みかけて来る。
さすが人の心の機微を見るに敏な刑事だけの事はある。
今の俺は俗に言われる半落ちだから、あと一押しで完落ちだと勘が働いているんだろう。
「テウヤ」
「・・・はい」
「彼女は困ってる。怖がってる。自分の知ってる事実の重さをよく知ってるんだ。だけど信用出来る人にでなければ話せないってな」
「はい」
この状態では当然だろう。俺は素直に頷いた。
「お前の職務違反ってわけでもない。何故か?今この国に大統領はもう存在しないからだ。
言うなら人助けだ。事実を知りたい国民も、そして困ってる無力な女性も助けられる。お前しかいない」
その強引な先輩の理論に、俺は黙ったまま壁に視線を投げた。
掛かっているアドヴェントカレンダー。それを睨んで低く唸る。
「テウ、頼む。助けてくれないか」
誰より助けたい、そして返すべき大きな借りのある人の声がする。
答なんてとうに知っているくせに、一筋縄ではいかない人だ。
しっかりと聞きたいんだろう。この口からの約束の返事を。
「・・・一度会わせてもらえませんか。その目撃者に。それまでは」
ここまで来ればもう完落ち一歩手前だ。
判っていながら苦し紛れに言う俺に、一も二もなく先輩が頷いた。
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こりゃまた エライ目撃者ですね…
滅多矢鱈にしゃべれない
彼女の心を開けるかしら??