2016 再開祭 | 嘉禎・39

 

 

「大護軍!」
「よう」
「ご無事ですか、大護軍」
「おう」
「お帰りなさい大護軍!」
「良かった、心配してました!」
「無事だ」

天門の石垣横の堅牢な兵舎。官軍全員が最敬礼で出迎える門。
出迎えるどの顔にも安堵の笑みと、再会の嬉しさが滲んでいる。
最も嬉しそうに笑む筈のたった一人を除いては。

暗闇に紅い火の粉を飛ばす篝火の脇を大股で過ぎる。
焔に照らし出された、随分見なかった気がする懐かしい顔。
その中のテマンの顔だけが冴えんのは何故だ。

「て、大護軍・・・」
この背半歩に従くテマンを先頭に、後に従く奴らと共に兵舎内へと進む。
「何だ」

踏み入った兵舎内の廊下を歩きつつ、肩越しに眸を投げ確かめる。
いつもよりもほんの数寸、この肩後ろから離れている。
俺を見ながら、何処かの知らん他人を見るような距離を取るなどこいつらしくない。

「大護軍!」
奥から出て来た兵舎の官軍長が、嬉し気に深く頭を下げる。
「部屋を設えました。今晩だけでも兵舎でお寝みください」
「助かる」
「こちらこそ光栄です。どうかゆっくりと。すぐ食事を用意します」

そう言って頭を下げる官軍たちに囲まれて
「大護軍・・・あの・・・あ、あの・・・」
何か言いたげに幾度も口籠り、其処から遠慮がちに呼ぶだけなのは。

「王様に何かあったか」
衛の兵の手で開けられた扉を通り抜け、続く奴へと確かめる。
「い、いえ!王様はご無事です!!」
続いて部屋へ踏み込んだテマンは、慌てて烈しく首を振った。
「では王妃媽媽か」
「いえ、王妃媽媽もお変わりないです!」
「では何だ」

油灯の揺れる部屋内、据えられた卓前の椅子へどかりと腰掛ける。
俺の声にテマンは躊躇うよう、俺の胸許をその指で指した。
「・・・衣、が」

そう言われ己の胸を見下ろす。纏ったままの天界の衣。
すっかり忘れていた。そういう事か。
「大護軍も医仙もち、ちがう人みたいで」

戸惑うテマンの声にようやく得心し、背に負っていた荷を解く。
「着替える」
テマンは急いで一礼し、官軍長たちと共に部屋を出て行く。

肝心のこの方は立ち上がれんのか、無言で片隅の椅子に腰掛けたきり。
「イムジャ」
「・・・うん」
「着替えて下さい」

そうだ。この方こそ今すぐに着替えて欲しい。
天界では眸を瞑った。鎧ならば仕方が無いと。
しかしこうして戻れた以上、高麗には高麗の則がある。
足の見える姿で兵の前に立たせた、その悔いに頭が灼ける。
「うん、着替えるけど・・・」

この方は夢現のように、焦点の合わぬ瞳で俺を見た。
懐かしい油灯の色を映して揺れる、その瞳に怖くなる。
怪我は無いのか。本当に無いのか。
吐き出された闇の中、この眸この掌が見落としていないか。

大きく一歩でその椅子へ寄り、油灯の許座ったままのこの方の手を取る。
細い背を確かめ、華奢な体に両腕を回す。
そうして確かめても、怪我の気配は無い。
天界の薄く短い鎧では、怪我を負えば隠す布は無い。
「イムジャ」

それでも力の抜けたような体も瞳もそのままだ。
走らせ過ぎたか。驚かせたか。斬らねば許されると甘く判じたか。
それとも。
まさかとは思いつつ、胸の隅が軋む。

戻りたく無かったか。残りたかったか。光る天界に居たかったか。
「イムジャ」

もう一度呼ぶ声に応えるよう、徐々に瞳の焦点が戻る。
この腕の中、くたりと萎れたような細い体に芯が戻る。
「戻って来れた・・・よね?」
「はい」
「高麗よね?」
「はい」
「夢じゃないわよね?」
「はい」

その声にこの方は卓上に放っていた荷を、上掛けごと掴む。
そして膝に乗せ、中身を確かめるよう指先で一つずつ撫でる。
「・・・ある。鎧も、医学書も、プリントも、ハーブティーも、サプリも・・・」
「はい」
此処までこの背で確かに負って来た。今も残る重みこそが証。

「信じられない。こんな事ってあり得るの?」
「論より証拠でしょう」

そう伝えた時。この方の伸ばした両腕が、俺をきつく抱き締める。
その膝に置いた荷が、大きな音を立て床へ散らばった。
「ヨンア」
「はい」
「変わるかもしれない。本当に変えられるのかもしれない。
あなたが一緒にいてくれれば、変えられるかもしれない」
「はい」

俺を抱いたまま、震える涙声で呟くあなたが望むなら。
王妃媽媽の先、この国の先。
そして恐らく最も変えたいと望まれている俺自身の先。

出来る事であれば何でもする。何処にでも幾度でも共に行く。
だからまずは
「・・・着替えて下さい」

繰り返す俺の声に、あなたはようやく大きく笑んだ。

 

 

 

 

9 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    無事に高麗に帰ってこられてホッとしましたね!
    サプリもプリントも医学書も天界の物を持っても天門を無事に通れた事、ウンスは驚きながらホッとしましたでしょうね(๑•̀ㅂ•́)و✧
    そっちよりもヨンは天界の服が気になっているようですけどww
    ヨンといれば未来も変えられる
    ウンスの知りうる未来に希望も見えたような気がしました❤️
    ヨン、ウンスお疲れ様!!

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    ヨンの「おう」
    この言葉に、あぁ~高麗に戻ったんだと実感します(^-^)
    ヨンも忘れるほど、天界の服に馴染んでしまっていたんですね(笑)
    そりゃ~テマンも狼狽えますよね。
    さらんさん❤
    ふたりが高麗に戻ってくれて
    きょうは1日落ち着いて過ごせます(*^^*)

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    帰れて良かった♡
    そして、ウンスのヨンへの想い♡ヨンの想い♡
    感動です(//∇//)
    読めて本当に良かった(^^)ここまでで、涙です(>.<)
    さらんさん、ありがとーございます(~▽~@)♪♪♪

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    一番の心配は 大事な荷物
    高麗にもどるとき 無用な物と
    みなされるか、 違う時代に飛ばされないか
    ドキドキでしたが
    人助けに 必要だから
    天界に行けたし 大荷物にも持ち帰れたのかも…
    よかった よかった
    はやく 隠して下され~ 奥方さま!
    (•́ε•̀;ก)

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    おかえりなさいヨン、ウンス‼︎
    よかったー無事に高麗に帰ってこれて‼︎
    ここ数日ハラハラドキドキで落ち着きませんでした。
    ヨンの機転のおかげで無事に帰れましたね。さすがヨンの危険を察知してウンスを護る能力は鋭い。ほんと危機一髪‼︎
    のんびりはできなかったけどヨンはどこに行っても頼りになります。
    惚れ直しました\(//∇//)\
    さあ早くウンスの服を着替えさせないと…

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    ヨン、ウンス、お帰りなさい!!
    高麗で二人のお帰りを、お待ちしていました。
    嬉しい・・♪
    迂達赤との言葉の掛け合い。
    そのリズムが、心地よくて・・♪
    ウンスの言葉のように、「変えられるかもしれない!」嬉しい未来へ。きっと変えてくださいね。
    本当に、お帰りなさい。

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    さらんさんの世界がここに戻ってきて、またさらんさんの世界に浸れることを嬉しく思います(^_^)
    仕事が本当に大急がしで、自分の時間もとれない毎日ですが、さらんさんのヨンの世界だけは、寝る前に毎日のぞいています。それくらい、大好きです♡
    どうかこれからも、さらんさんのこの世界が続きますように。

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    お帰りなさい。(⌒‐⌒)
    ヨン ウンス 本当にお疲れ様でした。[さらんさん…お疲れ様でした。(´∀`)]
    短い間の時旅行、緊張の連続で現実感がどちらにいても夢見がち(’-’*)♪
    それでも、時の運命に選ばれた二人は、一番大切な、大事な人の手を掴んで、離さなかった。
    嬉しくなります(^ー゜)

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