2016 再開祭 ｜ 気魂合競・肆

「この方は物ではない！」
俺の声に叔母上とマンボは涼しい顔で頷いた。

「物扱いなどしておらぬ」
「景品と言ったろうが」
「ヨンア、ちょっと待って。座ろう、ね？」
「･･･帰りましょう。聞く価値もない」
「待ってってば。まず話を聞こう？それからでも」
「御免蒙る！」

どれ程腹に据え兼ねるとはいえ、相手は年長者。
実の叔母と、長年世話になっている手裏房の女頭。
これ以上の罵詈雑言が飛び出さぬよう奥歯を噛んで唸ると、この方が困ったように椅子の上で叔母上とマンボを振り返る。

「ねえヨンア、叔母様も姐さんもきっと何か考えが」
「あなたは良いのか。賞品扱いされて」
「それは･･･困るけど、でも」

叔母上は口籠るこの方の様子に勝機ありと見込んだか、いきり立つ俺を一顧だにせず
「医仙。明日、王妃媽媽と詳しい事を」
とだけ残し、そのまま先に席を立つ。

そして先刻吹き抜けた風と同じように音もなく東屋を出で、引き留める間もあらばこそ続く庭の薄闇に溶けて消える。
叔母上の消えた東屋で次に標的にされてはかなわぬと踏んだのか、続いてマンボはそそくさと足早に厨の中へ引込んだ。

先刻と同じよう取り残された男ら、そして其処に一人残ったこの方。
問い詰める相手も断る途も失くし、油灯の仄かな燈の下で呆気に取られた顔を見合わせた。

*****

「ヨンさん、ウンスさま」
普段より遅い帰りに気を揉んでいたのだろう。
既に篝火の揺れる門前で、巨きな影が合図を送るよう手を上げた。

「何かありましたか」
俺達が門に辿り着くと同時に、篝火に透かした俺の表情を確かめたコムの眉間が寄る。
「･･･まあな」
頷いてそのまま闇に沈む門内へ踏み込む。

俺の横のこの方は怒りを押し殺し無表情な俺と、その答に納得していない顔のコムとを見比べる。
そしてその気まずい場を取り繕うように
「あ、あのね。2週間･･･えっと、15日後に、角力大会があるんですって。コムさんも出る？15歳以上の男性なら誰でも出られるの」
と水を向けた。
「角力大会、ですか」

背を向けて門に閂を掛けていたコムが振り返り改めて此方を確かめ、再び俺に声を掛ける。
「そうなんですか、ヨンさん」
「ああ」
「俺も出ますか」

出ますではなく出ますかと問うあたり、コムも何かに勘付いたのかもしれん。
確かに武人でないとはいえ、コムの巨躯は大きな武器だ。
叔母上が本気でこの方を賞品扱いするつもりなら、一人でも多くの朋に出場して欲しい。

少なくともその中の誰かが優勝すれば、下らぬ浅慮でこの方が馬鹿馬鹿しい扱いを受けずに済む。
そしてもう一つ。
コムと角力勝負など考えた事もなかったが、こんな機会でもなくば絶対に有り得んだろう。

「･･･それも良いな」
俺が少し興味を示した事に安心したのか、並んで庭への径を進むコムの声音が緩む。
「では、出ます」
「おう。何処かで俺とぶつかるかもな」
「･･･ヨンさんと、ですか･･･」

多くを語らぬコムの声が正直に沈む。
そうだ。此度の一番の懸案は其処にある。

この方を賞品扱いされたくない。
周囲の奴らは皆同じ事を考えるだろう。
それを阻止する為、こぞって角力大会に出場する。
しかし俺を相手にどれ程恵まれた体格を持とうと、角力の技を持とうと、奴らが何処まで本気で向かって来るか。
どれほど理屈を捏ねようと、それでは結局八百長試合になるのではないか。

体格なら巨きさで頭抜けているのはコムだろう。
手縛の技ではチュンソクに勝てるかどうかは五分。
トクマンの長い手足は厄介だ。テマンの素早さは充分知っている。
ヒドには赤月隊の頃からふざけ半分の取組み合いで勝てた事はない。
シウルやチホ相手には真剣に組み合った事すらない。
おまけにもしもアン・ジェら始め、禁軍や官軍の奴らまで出て来た時には。

妙に遠慮などして手を抜くか、力を抜くか。
もしもそんな出来試合を演じるようでは、俺も奴らも延いては王様もが却って物笑いの種になる。
金に目のないマンボはともかく、それが判らぬ叔母上でもあるまいに。

一体何が目当てだと太い息を吐く。
その溜息を聞きつけて、この方はそれ以上何も言う事無く横からそっと俺の上衣の袖口を握った。

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