2016 再開祭 | 木香薔薇・卌

 

 

「・・・ええと、大護軍様」
「何だ」

春と呼ぶより初夏と呼ぶに相応しい、緑の溢れる庭。

縁側に腰を下ろし、殆ど障りなく自由が利くようになった足首を庇う様子もなく回しながら、遠慮がちにテギョンは囁いた。

「あちらの方々は・・・」
「気にするな」

庭向うから此方へ向いた視線に晒され、この男も居心地が悪いのだろう。
その男らの姿から眸を逸らし言い捨てた俺の声に、テギョンは
「はい」
とだけ頷いて、再び己の足首へと注意を向ける。

あの騒ぎから七日。
手裏房がソンゲを嗅ぎつけた気配は微塵もなかった。
俺に問う事もあの方に探りを入れる事もないところを見ると、此度すぐに何かを仕掛けるつもりはないのか。

その代わりに暇を持て余したらしき奴らは、既に調べの付いていたテギョンに張り付いていたと見える。
門を叩いたテギョンを庭へ通して一旦は辞したコムが、すぐに再び困った顔で庭先に現れた。
「・・・ヨンさん」

遠慮がちな声に俺が振り向くと、コムの巨きな背の後ろから弓を担いだシウルと、槍を握ったチホの顔が覗いた。
「旦那、来たぞ!」

呼んでおらんと危うく怒鳴りつけそうになり、奥歯を噛み締める。
敷居を高く構える気はない。本当に何か別用があるのかも知れん。
余りにも出来過ぎた訪いなだけで、偶さかの一致なのかも知れん。

若衆らのきつい目が縁側のテギョンを睨んでいるように見えるが、ただ溢れる木漏れ陽の眩しさに目を細めただけかも知れん。
まさか我が家まで押し掛け、再び喧嘩を売る程愚かだとは思えん。

しかしチホとシウルの後ろから覗く、見慣れたもう一本の大槍。
「・・・トクマニ」
呆れ返った俺の声に、シウルとチホの最後尾から背を縮めるように出て来る平衣姿の背の高い影。
「大護軍、あの」

あのもそのもない。
どういう事だ。この三人が揃って偶さか訪うなど考えられない。
俺の無言を良いことに、チホとシウルがやかましく吠えたてる。
「狡いじゃねえかよ。俺達には鍛錬してくれねえのに」
「そうだよ旦那。順番だろ、こういうのは」
「大護軍、あの、俺は」
トクマンがどうにか弁明しようと口を開きかけたところで、チホが握った槍の石突でその沓の爪先を思い切り突く。

「いっ!!」
トクマンは妙な声を上げると片足立ちになり、突かれた爪先を庇うように膝を抱えて飛び跳ねながら叫んだ。
「チホ、お前な!!」
「うるせえんだよ、お前は迂達赤で毎日旦那に鍛錬つけてもらえるからって!こっちには大切な機会なんだから邪魔すんな!」
「だからさ、俺達にも鍛錬してくれよ。依怙贔屓は駄目だろ」

贔屓と言いながら、シウルの眼が確かにテギョンを捕える。
テギョンは睨まれたまま足首を廻すのも忘れ、呆気に取られて三人の大騒ぎを見ていたが、ふと我に返った様子で俺を呼んだ。

「大護軍様、申し訳ありません。お忙しければ、私はまた改めて」
「・・・お前が先約だ」
「何だよ旦那、こいつは良いって言ってんだから」

控えめに遠慮するテギョンの礼儀正しさとは豪い違いだ。
チホはそう言って槍を掲げ、ねだるように俺を見る。
「黙れ」
すかさず飛ばした一喝に、奴は唇を尖らせると
「ちぇっ」
と舌を鳴らして渋々引き下がる。

「鍛錬したくば」
その男ら三人を睨め付け、上げた顎先で縁側とは逆の庭向うを示し
「あの辺りで勝手にやれ」

その妥協案に追い出されずに済んだとばかり、チホとシウルは顔を輝かせると
「判った!後で俺達の鍛錬も付けてくれるよな!」
勝手な捨て台詞を吐いて、此方の返答も聞かず、示した庭向うへ駆け出した。

そして其処で団子のように固まると、無言のまま此方をじっと見つめている。
これでは碌な鍛錬にはならん。
救いはこの男の足首も腱も、七日前の初めての鍛錬の時よりずっと柔らかく、自由に動くようになった事だ。

前回同席していたあの方は、今日は姿すら現さん。
テギョンも特にそれを気にする風もない。
俺の声に従い足首を廻し、膝を曲げ、そして板の上に乗って苦も無く均衡を取り、黙々と鍛錬をこなす。
「善し」

最後の声に板の上から身軽に飛び降り、奴は深く頭を下げた。
「ありがとうございました、大護軍様」
顔色も良い。湿布や薬湯のことは俺には判らん。
「侍医とは会ってるか」

板から下り、懐から出した手拭いで額に浮いた汗を拭う男に訊くと
「はい。一昨日も宅にお立ち寄り頂きました。すっかり心配ないと」
奴は目を輝かせ、俺を真直ぐに見て言った。

「大護軍様に教えて頂いた通り、医官の件を伺ってみました。
勉学は長くかかるとの事でしたが、弟が興味があればまた声を掛けるようにと言って下さいました!」

その意外な答に眸を瞠る。
他人に関わりたがらず本心も見せぬ、あの飄々とした男がそんな親切を言うなど。
このテギョンに何かを感じたのか、それとも唯の気紛れか。
問うたところで答えまいと予想は付くものの。

「何よりだ」
「何もかも大護軍様と奥方様のお陰です。本当にどう御礼をお伝えすれば良いか」
テギョンは心から嬉しそうに笑顔を浮かべて言った。

「これでもう少しすれば、また共に暮らせるかもしれません。弟が開京のどこかの私塾にでも入学できれば。
その時は、私が勉学を教えられるように」
「何故今呼ばん」
「・・・え」

ゆくゆく私塾に入学するなら、別に今でも構わぬだろう。
あれ程の別邸を構えられる父親が金に困っているとは思えん。
まして師叔の先日の話では、西京での弟とその母親の肩身の狭さは想像がつく。

「何れ私塾に入るのだろう」
「それは・・・そうですが・・・」
思っても見ぬ事を言われたように、テギョンは目を丸くして此方を見たまま固まっている。

「弟が幼いと言うなら、母と共に呼べば良い」
「大護軍様」
「西京を離れられぬ理由があるか」
「そんなものありません。弟の母は親類縁者もおりません。少なくとも俺・・・私や、父は聞いた事がありません」
「お前は国子監に、弟は私塾に」
「しかし、ソン・・・私の供が・・・弟と折り合いが」
「取成すのがお前の役目だ」

弟が大切なら、己の周囲の者らと繋ぐのも兄の役目だ。
周囲の眼を必要以上に気に掛け、守るべき者を守れず傷つけるのが一番始末が悪い。
誰が最も大切か。その大切な者の為に時には他の総てを切り捨てる覚悟も必要だろう。

「大護軍様・・・」
「考えてみるのも良かろう」
「は・・・はい。はい!考えます、俺、真剣に考えます!」

今この男の顔が輝いているのは、鍛錬の汗や熱ではない。
己を枠に嵌め生きて来た若い男は、有力貴族の良き嫡子を演じる余り、自分の考えを失くしたのかも知れん。
心の赴くままに動く事も。足の赴くままに走る事も。

まるで以前の俺がそうであったように。
せねばならぬ事だけが目の前にあり、したい事を考えるなど許されず。
だからあの方は、この男を俺に押し付けたのかも知れん。
誰より俺の心を知る方だからこそ。

この男を諭す言葉は、あの時俺が掛けられたい声だった。
自由に生きて良い。好きな事をして良い。
枠を壊すのはそれに嵌って生きるより、時に幾倍も辛い。
唯々諾々と生きる方が余程楽な事もある。

目の前のどの道を選ぼうと、答は己で決め背負うしかない。
しかし枠から飛び出せば、雨に打たれ風に曝される代わりに翼が手に入る。
大切な者をその下に守り、望む処へ飛んで行ける翼が。

どの道を選ぶかはこの男次第だ。俺はその両の眼に小さく頷いた。

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    すっかり 回復
    鍛錬で心も体も元気になってきたかな?
    まだまだ自信がなさそうだけど
    ちょっとずつ ちょっとずつでも
    判断ができるようになるといいね~
    くよくよ ウジウジしてる暇なんて
    無いのだ~ (男の人って大変ね)

  • SECRET: 0
    PASS:
    チホさん達ヨンアの逆賊だの新王に処罰されるとか聞いて頭が追いつかなかったのかもね(^-^;)ただテギョンがウンスに懸想するのは諦めて真面目に鍛練してもらっていると聞いて各自色々な名目で訪れてちゃっかり鍛練狙い?男女共に大変ね…ありがとうございますm(__)m

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です