2016 再開祭 | 閨秀・拾肆

 

 

迂達赤兵舎の庭の先、見覚えのあるホッケナムを見つけた時はすごく嬉しかったけど。

4人一組っていうのは、あの人に口を酸っぱくして言われてる。
いつでも一緒にいてくれる迂達赤の誰かを困らせる気はない。
だから一緒にいてくれたみんなにお願いしたのに。
「この実を、取るんですか」
「そう。ホッケ茶って言ってね、煎じて飲むの。実だけ食べる人もいるわ。
肝臓の解毒作用があるし肝機能改善にいいの。二日酔いの解消、黄疸や脂肪肝の改善、疲労回復に利尿作用」

指を折りながら一緒にいるみんなに教えると、不思議そうな視線が一斉にホッケナムに当たる。
「茶、ですか」
「でもこれ、木の実ですよ、医仙」
「え?ダメよ」

きっぱり首を振って、私は宣言した。
「皮も一緒に煎じるから、実だけじゃダメなの。樹皮も一緒に取ろう」
「・・・皮、ですか・・・」
そう言いながら一緒にいてくれる人のうちの1人が、恐る恐るホッケナムの幹の表面を指先でつっつく。

「木の皮を入れて、飲めるのですか」
「大丈夫よ?天界では伝統茶ってメジャー・・・有名な飲み物だし。本当なら幹を薄くスライスしたのも入れるといいらしいんだけど。
そこまでは方法も適量も詳しく分からないから、今日は実と、樹皮だけ」
「茶というのは、茶葉で淹れるものでは」

ああそうかって、膝を打ちたい気分で頷く。
この時代のみんなが伝統茶を知らないのも無理ないわ。
国史の授業で習ったじゃない?21世紀では伝統茶って呼んでたけど。
発祥は李氏朝鮮時代に仏教の衰退と同時にお寺で栽培してた茶葉が手に入りにくくなって、入手しやすい材料を煎じて作ったって。

ユジャ、オクスス、テチュにセンガン、トゥングレにサンユス。
インサムやスサムはそのまま人参だから、健康効果はばっちり。
ユルムやポリやヒョンミは麦や玄米だから、食べられない硬い部分を煎じて飲むんだろうし。

あの人の健康のためにもきっと良いはずよね?
あの頃飲む時にいちいち薬効なんて考えた事もなかったけど、調べればいろいろあるだろうし。
「えーっと・・・高麗ではお茶っていうと必ず茶葉を使うんだろうけど、天界では茶外茶っていうのがあってね?お茶の葉を使わないお茶が」
「それは、茶ではないのでは・・・」

迂達赤さんの1人から、至極まっとうな指摘の声が上がる。
「うん、正確にはお茶じゃないのかも。だけど健康効果はバッチリ保証済みだから安心して?」

スンニュンなんて、ご飯のおこげにお湯を注いだものだしね。
クル茶はハチミツをお湯で溶いたものだし、確かに正確にはお茶とは明らかに違う。
だけどメシルは原料が梅だから食中り防止にいいだろうし、モクァはカリンだからのどに効く。
キョルミョンジャは生活習慣病に効果があるはず。

チャン先生はきっとこんな風に考えながら薬を決めてたんでしょ?いろんなことを考えて、薬効を勉強して。
気楽に楽しむべきお茶でこれだもの、薬湯になったらどれだけの知識があっても追いつけないくらいよね。

もっと学べば良かった。もっといろんなことを教えてほしかった。
今さらこんな風に後悔しても遅いけど、もっと早く気付いてたら。
西洋医学だけ、ヒポクラテスだけに固執しないで、韓医学も華侘ももっと早く勉強してたら。

そうしたらチャン先生、どんなことを教えてくれた?
そうしたら私は、もっとここであの人の役に立てた?
そうしたらあの人も、あんなに心配しないで済んだ?

なんだかとても心細くて、目の前に並んで植わったケンポナムをじっと見つめる。
先生なしで出来るかな。右も左も分からない、道具もないこの韓方医学メインの医学界。
先生が守ってくれた解毒薬すらも、満足に完成してないのに。

それでもやる。やらなきゃきっと後悔する。先生が残してくれた解毒薬で、あの人を一人にしないために。
信じる者は救われるって言うじゃない。
「・・・アジャ!」

ケンポナムの下で両拳を握る私を、迂達赤のみんながきょとんとした顔で見た。

 

*****

 

読まねばならん。 たとえ他の誰に判らずとも、俺は知らねばならん。
王様の御心。今後の名分。
徳興君を白日の許、堂々と処罰する口実を見つけられるように。

どれだけ頭で思おうと、腹が立つのは理屈ではない。
王様の御心が判っているつもりでも、目前まで追い詰めた鼠を鼻先で断事官に持ち去られたのが。

弱腰だなど、口が裂けても言えん。背負うものの重みは比べるまでも無い。
判っている。この頭では全て判っているのに、それでも腸が煮えくり返る。
赦されるなら今からでも奴を取り返し、一寸刻みに切り刻み、あの方の苦しみのほんの僅かでも味わわせたい。

斬らせて欲しい。奴さえ斬らせて下されば、他には何も要らぬから。
後はあの方が解毒薬を作る事さえ出来れば、もう怖れるものは無い。

それさえ終えれば誰もあの方に手は出させない。俺が死ぬまで護る。
あの鼠が生きている限り、あの方に真の安らぎは訪れない。
だから斬らせて欲しい、それ以外には何も望まない。
今でなくても構わない、ただ一刻も早く、名分だけ下して頂ければ。

この手がまだ動くうちに。剣の重みに耐えられなくなる前に。

そんな事を考えながら戻った夜の迂達赤兵舎。
少しでも早くあの方の顔が見たい。無事を確かめたい。

侍医をあんな風に亡くし、自分を責めている気持ちが判る。
亡くした仲間の為に自分を責め続け、死ぬ日を数えた俺のようにするわけにはいかん。

あの方は暖かい春だ。昏く冷たい氷の世界は似合わない。
だから顔が見たい。そして幾度でも大丈夫だと伝えたい。

あなたのせいではない。殺したのはあなたではない。

それは俺だ。殺め続けて来た重みに震えるこの腕だ。
だから急がねばならん。あの方を心から安堵させる為に。

踏み込んだ兵舎の暗い廊下に、油灯の灯が揺れている。
此処さえ抜ければ懐かしい花の香が、すぐ其処にある。

足を速めたこの耳に、待ち望んだ声が聞こえる。

それも俺の予想とは全く見当違いな処。

廊下の壁向う、兵舎の中庭の方角から。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    大事な宝物
    みんなに見せたくない
    大事にしまっておきたいのに…
    宝物さんは いろいろと…
    迂達赤の健康管理は テジャンの為にもなる
    テジャンにも大事なことだも~ん
    疲れをとってあげなくちゃ♥
    でも… 何してるんですか? だわね
    (* ̄Oノ ̄*)

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    ⑧ではまだチャン侍医亡くなってなかったから、このまま生きていてくれたら・・・なんて叶わぬ事を思ってしまいましたが、やはり無理ですよね。
    怪我で降板しなかったら、どんな話になっていたのかな~
    最終話まで生きていたかもしれませんね。
    ソンジナ先生の小説は、最初の構想通りかもと少し期待していたけど、限りなく未完で終わりそうな気がします(>_<)

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