2016 再開祭 | 天界顛末記・廿陸

 

 

< Day 4 >

 

窓外は昨日からの雪。
弱まり強まり、降り積もったその深さはもう悠に脛を超えた。

積もる雪で仄白い窓の外、そして部屋内の温かさと明るい灯。

場所が変わればこの方も、早起きが苦ではないらしい。
早朝から部屋中に漂う生姜の香気と湯気に、隊長が頭を巡らせる。
巡らせた視線の行き着く先は、炊事台に積まれた生姜と人参の山。

「・・・侍医」
「はい」
「この生姜の山は」
「薬です」
「人参は」
「同じく、薬です」
「薬湯を煎じるのか」

天界の医院から戻る途で立寄った薬剤店で求めた生姜と人参の量に、隊長が目を眇めて問うた。
私は同じく炊事台の上の生姜を眺めて首を振る。
「薬湯ではありません」
「では」
「粥です。天界の薬には何が入っているか判らず、飲み合わせを考え粥に致しました。
要は体を温めて、籠った熱を出したいので」
「これ程必要か」
「粥にも入れますし、生姜湯で飲んでも頂きます。熱が上がるまでは生姜と人参尽くしの膳になるかと」
「・・・飽きそうだ」

指先に生姜を摘まみ御自身の眸の前に翳して呟くと、隊長は片掌を差し出す。
その掌の意味が判らず目で問えば
「国都図を寄越せ」

平然とした顔でねだるよう、隊長は広げた掌を上下に小さく振って見せた。

 

*****

 

「侍医」
国都図を渡した途端、黄色い紙幣一枚を握り雪の中に飛び出したと思えば。
あっという間に戻った隊長は、出迎えた私に向けて白い袋を掲げて見せた。

袋を受け取って中を覗けば、大きな透明の瓶が入っている。
透明ではあるが硝子ではない。その証に私が握ると瓶が柔らかく形を変えた。

その瓶に貼られた紙には何やら読めぬ、あの医仙の天界の文字。
「これは」
「蜂蜜だそうだ。店番に確かめた」
「どのように店を見つけたのです」
「真直ぐ行った」

隊長は不愛想に言うと沓を脱ぎ、此方を見ずに部屋へと上がる。
「蜂蜜ですか」
「生姜ばかりでは飽きる」
「・・・ああ。はい」

ソナ殿への心遣いかと私が微笑んで頷くと
「チュンソク」
部屋に入った隊長は、部屋隅に端座する副隊長を呼んだ。

「はい」
「生姜湯を持って行け」
「生姜湯とは、ソナ殿にですか」
「おう」

そこから副隊長を見降ろし、有無を言わせぬ口調で隊長が繰り返す。
「冷める前に行け」
「自分は行けません、隊長」
「何故」
「ソナ殿の風邪は自分の所為です。今更合わせる顔がありません」
「逃げるか」

隊長の声に驚いたように副隊長が顔を上げる。
隊長はそんな副隊長の御心を斟酌する気など、まるでないらしい。
聞きようによっては随分と冷たい声で、更に副隊長へ畳みかける。
「悪者になれば満足か」
「そういうわけでは」
「俺はな」

隊長はそこまで言うと、呑み込むように声を切る。
そして深く息をするとようやく次の言葉を続けた。
「悔いは残すな」
「悔いなどありません」
「ならば詫びて来い。己の所為なら当然だろう」

軍配はどうやら隊長に上がったらしい。副隊長は諦めたように項垂れ
「・・・判りました」
とだけ言って立ち上がる。

玄関の戸口で副隊長が沓を吐いたのを確かめ、先刻から煮出していた生姜湯の椀と蜂蜜の小鉢を添えた盆の上に、雪除けの布を掛けて渡す。
副隊長はその盆と、そして私とを微かに恨みがましい目でご覧になる。
私が素知らぬ顔で笑い
「雪が深くなっております。足許にお気を付けください」
そうお伝えすると
「・・・御医まで・・・」

副隊長は諦めたように片腕に盆を支え、もう片腕で雪の降り続く外へと繋がる部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

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