2016 再開祭 | 紙婚式・捌

 

 

「大護軍」
テマンは困り果てた顔で、俺の許へと駆け戻る。
「・・・どうした」
「お、お押し花、出来上がるまでに何日もかかるって」

その奥からトギも遅れて俺の処までやって来ると、何か懸命に手を動かしている。
「済まん。読めん」
俺が詫びると、その指を読み取ったらしきテマンが頷きながら
「作るなら咲いたばっかりの花で、よく乾くまでは重石を乗っけるって。
だけど乾くまでの時間が何日もかかるからって」
「トギ」

話の途中で呼ぶと、二人は指も口も止めて俺を見た。
出来上がりを悠長に待つ暇はない。何しろ記念の日は目と鼻の先。
「では、紙で花を作れるか」

即席で思い付いた案とはいえ、考えるほどこれ以上の品はない気がする。
紙で拵えた縁起物。あの方が喜びそうな品。
眺めるたびに婚儀を挙げた、あの秋の日を思い出せる贈り物。

刻は少ない。品は決まっている。今更出来ぬと、変える気はない。
トギが不審な表情で指を動かし、テマンがそれを読み取って
「紙で花って、一体何のことだって」

何だと改めて聞かれると、口で説明するのは難しい。
暫し口を結んだ後に思い付き、
「筆と紙を借りたい」
突然の問いにテマンとトギは、腑に落ちぬ様子で顔を見合わせた。

 

*****

 

「思い出すなあ」

俺の膝に納まって、心地良さげな声が上がる。
声の主を大切に抱き締め、同じ黒絹の空を見上げて頷く。
くっきりと浮かぶ銀の月も、去年の今夜と同じ色。

去年の今夜、一人きりの寝台が寒くて屋敷を抜け出した。
そしてあなたは一人の夜が長くて屋敷の庭を覗いていた。
手に手を取って、夜半の典医寺へとこっそり忍びこんだ。
何やら判らぬあなたの声を盗むよう、口づけを交わした。

去年の明日、秋の陽の中で見つけたあなたは美しかった。
どんな言葉も要らぬ程、息が止まる程にただ美しかった。

空は澄み、あなたは震えていた。
その掌を握って、新たに誓った。
俺だけのあなたを、俺だけを探す指先を、俺だけを見上げる瞳を、最後の一息まで全てを懸けて護ると。
あなたが誓って下さったとおりに。今世も来世もその次もまたその次も、俺達は必ず巡り逢うと。

今年の明日、俺達は再び巡り逢う。二度と離れない為に。

何故あなたは朝が来るたび、新たな誓いを立てさせて下さるのか。
何故あなたの為なら命も惜しくないと、道標を与えて下さるのか。
何故あなたは俺の為にだけ泣き、そして笑ってみせて下さるのか。
「イムジャ」
「なぁに?」
何故俺は贈り物一つを選ぶだけでも、此処まで頭を痛ませるのか。
何故それを思い付いただけで、これ程浮き立つ気分になれるのか。
「あなただけだ」

膝の上、この世で一つきりの珠を壊さぬようにきつく抱き締める。
それでも力加減が判らずに、背から抱いたあなたは体を撓らせた。

あなただけだ。抱き締めるだけでこれ程嬉しく、これ程怖い方は。
俺の世界に鮮やかな彩を広げ、この人生を明るい処へと導く方は。

己自身に呆れながらも、追い駆ける事を止められないような方は。
二度と温まる事などないと思った心を、再び燃やしてくれたのは。

これから先どれ程優れた女人に出会おうと、俺の心は変わらない。
美しく秀でた才があり、あなたより貞淑な妻になる女人が千人居たとしても、俺はあなたが良い。
手を焼かせ、気を揉ませ、面倒を掛けられてもあなたが良い。

言葉が足りぬのは悪い癖だし、気短なのは生来だ。
悋気の病は治りそうもなく、口より手が先に出る。
あなたもそんな俺に手を焼き、気を揉んでいる筈だ。
それでもあなたがそんな俺に文句を言った事はない。

俺があなた以外を選べぬように、あなたにも俺を選んで欲しい。
去年の明日、選んで俺に嫁いで下さったように。
今年の明日、並んで再び新たな旅に出るように。
最後の息を引き取るまで、そうして選んで俺の横に居て欲しい。

「愛しております」

腕の中で切れるあなたの息が怖くて少し力を緩めると、あなたは嬉しそうに膝から俺を振り返る。
今宵の黒絹の空に浮かぶ月とは違う。
形を変える不実さのない、俺だけの三日月がいつも其処にある。

その視線に頷いて、用意した記念の品をいつ手渡すべきかと倖せな悩みに頭を痛ませる。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ウンス、倖せですねぇ~
    ヨンに、これほどまでに想われて。
    でも、ウンスも、ヨンと同じだけヨンを想っているのよね。
    季節はいろいろ…
    縁側で、ヨンの膝の中におさまるウンスの姿が
    いつも私に、穏やかなひとときをくれます。

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