2016 再開祭 | 木香薔薇・丗参

 

 

周囲の者に壁を作っているのも、他人の目を気にしているのも。
自分なしで弟は何も出来ないと思い込んでいるのも、東班の息子は武術を習得してはならぬと思っているのも。

ヒドが怒り狂うにも一理ある。
皆心に傷を負っている。無傷で生きられるものなど居らん。
誰かに涙を拭いて欲しくば、誰かの涙を拭ける手を持ってから。
己の心の傷も認められず、誰かの傷を癒すなど出来る訳もない。

己の傷に囚われて他の道を探そうともせず、状況を打破しようともせず。
そして閉ざされた井の外の世界へ飛び出そうともせずにいる奴が、誰かの為に強くなれる筈などない。

せねばならぬ事に囚われているうちは、したい事など見つかる訳がない。
そしてしたい事をするには、他人の視線になど揺らがぬ強さが必要だ。
この若い男にはまだそれが備わっていない。若さ故に、強さも開き直りも思い切りも足りん。

早い話が世間を知らん。大貴族の子息として、周囲にちやほや甘やかされて来たのか。
それともこの男生来の質で、周囲に波風を立てぬよう厄介事を極力避け続けて来たのか。

「視野が狭い」
「・・・大護軍様」
続くきつい声に、テギョンは返答に困ったように眉を下げた。
「お前が気にする程他人はお前の事など知らぬし、考えてもおらぬ。面白おかしく噂しているだけだ」
「けれど、それが事実です。弟は正妻の息子ではありません。一人立ちするならば、私が弟をしっかり支えねば」
「弟がそうしてくれと言ったか」
「いえ。弟は私を困らせる事は絶対に言いません。いつでも兄上と慕ってくれるばかりで」
「父君は」
「判りません。放り出さなかったのが愛情か、世間体なのか。見捨てはしないと思いたいですが」
「武科を受ける手がある」
「ぶ、か」

予想外の事を言われたと言うように、テギョンは口を半開きに俺の声を繰り返した。
「弟に武の才あらばな。二軍六衛、他軍はともかく迂達赤は出自で差別はせん。一にも二にも実力のみだ」
「スンジュンは、弟は何でも出来ます!俺、いえ、私よりずっと賢いですし、力もあります。
その気になれば何でも私よりずっと上手に熟せます!」
「医官という手もあるぞ」
「なれますか」
「いきなり典医寺は無理でもな。侍医に訊いてみろ」
「ご相談しても良いのでしょうか。御医殿のご迷惑になれば」
「良いか悪いかは奴が判ずる。駄目なら答はもらえん。その時は別の方法で調べてみろ」

一体何故、俺がこんな事まで言わねばならん。
鍛錬を付け、死ぬまで鍛えてそれで終いではないのか。

それでも奴の目が、余りに一昨日のヒドの眼に似ている。
弟を心配し、弟の為なら幾らでも憎まれ役を買って出るあの眼にそっくりな気がする。

だから余計な事を言いたくなる。
弟は幾つになろうと、兄の心配の種だと知っているから。
そして弟はどれ程疎まれても、兄が大切だと知っているから。

「医官や武官でなくとも良い。男には官位より大切なものがある。
偉そうな緋の官服を纏わなくとも、風と潮の流れさえ読めれば生きていける。
そういう事も教えてやれ」
俺の声にテギョンは深く頷いた。

「今まで誰にも言えませんでした。言ってもらう事も。幼い頃から兄弟同然に育った供にも言えませんでした。
こんな風に弱音を吐けたのは、大護軍様が初めてです」
そう言いながら、奴の眉根が寄った。

「奥方様の事を知った時、すぐに思いました。私が騒いだりして大護軍様に申し訳なかったと。
ご結婚されているのを知らなかったとはいえ、ご気分を害された事と思いま」
「止めろ」

あの方への懸想を告げられるのも、詫びられるのも真平だ。
俺はあの方を信じた。
一度信じれば、信じなくなる理由が出来るまで信じ続ける。
他者の言葉ではなくこの眸が見、この心が感じたものを。

「もう判ったろう」
「はい。奥方様は心から大護軍様を理解され、慕っておられます」
「そういう事では」
「おっしゃったのです、私と供の前で。大護軍様は自分より大切なものを持っている者を見捨てたりしない。
何かを守ろうとする者を拒んだりしないと」

・・・見透かされていたのだろうか。
それともこの男の懸想を止める為の口実か。
何方でも構わない。今言わねばならぬ事は。

「イムジャ」

縁側から腰を上げ、裏庭へ廻り込む径を覗き込むよう声を掛ける。
声を掛けると同時に、其処に敷いた小砂利を踏む慌てたような音が聞こえた。

 

*****

 

「タウンさん」
「ウンスさま」
台所の裏口から覗くと、水仕事をしてるタウンさんがビックリしたように顔を上げる。
私は唇の前で人差し指を立て、指に気付いたタウンさんは口を閉じると私のところまで寄って来た。
「大護軍は」
「まだテギョンさんと鍛錬してる。それよりも、タウンさんにお願いがあるの」

ひそひそ声も、耳のいいあの人のことだから気付かれそうな気がする。
ドア一枚の向こうの庭先に、テギョンさんといるんだから。

うんと小さな私の声に、勘のいいタウンさんは眉を寄せた。
「まさか、大護軍に内緒で何か」
「ううん、そうじゃないの。詳しくはまた話すけど。
タウンさん、ひとまずあの人のとこに何気なーく、さりげなーく、何も知らない顔で、お茶を持ってってくれない?」
「それは勿論構いませんが・・・ウンスさまがお持ちになった方が」
「いいの、あの人とテギョンさんで話して欲しいの。私が戻れば2人とも本音で話さない気がするし」
「ウンスさま」

・・・もしかして、失敗かしら。
タウンさんはいつもお姉さんみたいに優しいけど、チェ尚宮の叔母様と同じ。筋の通らない事は大っ嫌いな人だから。
心配そうに曇った私の顔を見ると、タウンさんは困ったみたいにふうっと苦い笑いを浮かべた。
「詳しくは伺いません。大護軍にご迷惑は掛かりませんね」
「それは絶対大丈夫。私が保証する」
「畏まりました」

こういう、根掘り葉掘り詳しく聞かないところもそっくり。
タウンさんは頷くと、もう用意してあった台所のカウンターの上の茶器に、湯気の立つお湯を静かに注いだ。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    ここはひとつ 男同士
    守るべきものがある人は
    強くならないと。
    視野をひろげて
    まわりをよくみて
    最善を考える。だめなら 違う方法を
    諦めない!
    ウンス は 裏方で。

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    ウンスは捻挫?の診察しながら心理学を活用したわけね(^-^;)でテギョンさんの本音を聞き出すには旦那様優れた能力が必要…懸想されてるであろう自分相手では無理と判断して裏方に周り中(^-^;)次の展開はどんな展開かな(^-^;)楽しみです。ありがとうございますm(__)m

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    テギョンさんみたいな境遇で時代背景だと
    窮屈に生きざるをえないでしょうねえ。
    殻を破れるのは、チェヨンくらい気概がなけりゃ・・
    どなたかもおっしゃってるように、夫婦ならもっと
    話し合いをしなくちゃねえw 互いを思いやるのは
    麗しいですが、話し合いが足りないと勘違いを
    生みます。で、関係は壊れていく・・・^^;
    さて、スリバンのほうは、どう決着がつくのでしょう?
    本音がわかったのはいいですが、あのままじゃ、
    ウンスさんへの評価、少々、寂しいですよね~。
    だけど、あえてヒドにーさんにいうなら、「じゃあ、
    弟分ヨンの相手が誰だったら務まるんだ?」とw
    ここのチェヨンさん、かなり面倒臭い男なので、なかなか
    相手になれる人はいないかも。まあ、普通の女性が数人で
    お相手する?それはヨンさんは好まないかも、ねえ(笑
    面倒くさいから、いらない、っていいそうですw

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