見兼ねた王様が玉座を立たれ、床に膝をつく王妃媽媽へ寄られるとその肘に御手を添える。
「王妃」
「・・・ウナが。王様、ウナが」
「立ちなさい、王妃」
「厭です。立ったら顔が見えませぬ。この子の息遣いが聞こえませぬ王様。こんなに熱が高いのに」
母というのはこれ程強く、そして形振り構わぬものなのだろうか。
元の姫君である方が、常に高く首を上げ威儀を正された王妃媽媽が、床に膝をつき涙に暮れておられるなど。
拝見してはならん。しかし退出を申し出る事も憚られる御部屋内。
皆が息を詰め視線を逸らす中、ただ御一人、韵様の御声が響いた。
まだ拙い御声で、あやふやな語尾で。
「おま」
その御声に王妃媽媽が小さく息を吸い込まれた。
「・・・ウナ」
そしてたどたどしい御声が続く。
「ばま」
確かに王様に向けて、その小さな御手を伸ばし。
「韵」
王様が驚かれたように王妃媽媽と御目を交わす。
「・・・今一度呼んでみよ、韵。余は誰じゃ」
「ばま」
「こちらはどなただ、韵」
王様が御寝台脇で韵様を覗き込む王妃媽媽の御手を引く。
そしてゆっくりと立ち上がった王妃媽媽の御顔を、改めて韵様に示す。
韵様はお熱で顔を赤くしながら、王妃媽媽の御顔を確りと御覧になり再び呼ばれた。
「おま」
初めて伺った。今までも呼ばれていらしたのかもしれん。
ただ気が付かなかった。もうお話になられるようになったとは。
恐らく王様も王妃媽媽も、御存じなかったであろう。
静まり返った御部屋内、静寂を破る場違いな明るい声が響く。
「ね?これだけしっかりした強い王子さまですから、大丈夫です。
知恵熱って、初めてお熱が出るのとおしゃべりが始まる頃は、大体同じって言われるくらいなんです。
だから心配し過ぎずに、この10日の間は、王様も媽媽もゆっくりお休みになって、王子さまの尚宮さんと内官さんを決めてあげて下さい。
看病は私とキム先生が、責任を持って担当しますから」
・・・つまりそれは王妃媽媽のご出産の暦の時のように、宅には戻って来ないという意味だろう。
こうしてあっという間にお育ちになる。大きくなられる。
鎧姿の俺を探し、他の奴にむずかって頂けるのはいつまでだろう。
俺はこの方と共に韵様の御成長に一喜一憂しつつ、俺達の吾子をいつ抱けるのだろう。
少なくともこうして韵様の御成長だけを見守る間は無理だ。
何しろこの天の医官は、吾子を授かる鸛を迎える気がないらしい。
これから十日もの間、宅にすら戻って来ぬつもりなのだから。
「お待たせしました、医仙」
表が騒がしくなったと思えば叔母上が大きな木桶に水を張り、それを揺らしてお部屋の扉をくぐって来た。
「王子媽媽は」
そして御寝台の上、絹衣は疎か襁褓まで脱ぎ捨てている韵様の御姿にぎょっとしたように目を剥く。
「何故、まだそのような御姿のまま」
「チェ尚宮、今はそれどころではないのだ。韵が」
「王様、だからと言って御熱のある皇子様の御肌を晒したままなど」
そうだ、韵様にはこれだけ多くの目があり、そして手がある。
誰も彼もが心から案じ、その御心と御体の御成長を見守っている。
そしてこうして御熱を出し、歩かれるようになれば転びもされよう。
それが一歩ずつ大きくなるということだ。
王様と韵様、二代に仕える口煩い尚宮がいる。
王様と韵様、二代を守る武人も内官らもいる。
御体の御変調があれば、天界の医の腕を振るう天の医官もいる。
この方はおっしゃった。特に何もすることはない。
よく飲んで召し上がるなら、あとはお体を清めて小まめに御着替えをすれば良いと。
「チュンソク」
「は、大護軍」
御部屋の隅、御寝台から目を逸らし所在なげに佇んだチュンソクが、呼ばれて安堵したように顔を上げる。
「今日より暫し、兵舎で過ごす」
夏だ。韵様の東宮殿へ伺うのなら、移動の距離は短い方が良い。
典医寺から通うより、迂達赤兵舎からの方がより近い。この方も少しは楽だろう。
いや、典医寺でも構わん。キム侍医さえ揶揄わぬなら、俺が典医寺に寝泊りする。
確かにこの幼き龍は国の宝。新しき我が国が待ち望んだ方だ。
しかし俺の焦がれる吾子を抱いて欲しいこの方に、全くその気がないのは困りものだ。
看病で疲れたなら抱き締めよう。考え過ぎて気鬱なら腕の中であやしてやる。
そして韵様がお元気になられる十日の間も共に過ごそう。
韵様が御父媽媽と御母媽媽の御顔が見られぬ間は、せめて俺が毎日東宮殿に顔を出そう。
それなら韵様も、鎧姿の別の兵にむずがられる事もないだろう。
あなたは何かを知っている。
王妃媽媽が王様との間に韵様を享けられた後も、時に度が過ぎる程に心を砕いている。
それが何かは今は判らない。そしてあなたからの話もない。
けれど俺に関わる事、国に関わる何かなのは確かだ。
さもなくばあなたはこれ程まで根を詰め、髪を振り乱してまで韵様を守ろうとする事はない。
王妃媽媽の御体を心配することもない筈だ。
無理には聞かぬ。出来るなら口には出したくない事なのだろう。
ただ十日の間共に過ごし、子を育てるとは甘くない事を学ぼう。
それでも胸が痛む程に欲しいのだ。あなたとの間に子が欲しい。
だからあなたの翻意を待ち、二人きりの時は甘やかしてみよう。
子を育てる為、俺がどの程度あなたを助けられるか見て欲しい。
病の時も、健やかな時も。朝起きてから眠るまで。
もしもそれでもあなたに翻意がないなら、最後の最後は
「・・・正面突破」
思わず漏れた本音の呟きに、横のあなたが首を傾げる。
「正面突破?何する気なの、ヨンア」
曖昧に首を振る俺に何故か優しげな瞳で静かに頷き、
「必要かもね。正面突破。もう変えちゃったし、後戻り出来ないわ」
意味の判らぬ言葉を返し、あなたは困ったよう笑うと溜息を吐いた。

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王子様のご体調は、赤ちゃんなら通ること。
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我が子から「ウナ」「バナ」と…
母様と…、父様…と、初めてお声をかけてもらえた王様と王妃様のお喜びは、感慨深いものです。
…でも、ヨンの、一番強い願いが叶わない。
辛いね、ヨン!
そうそう、最後は「正面突破」。
ウンスの思った正面突破…とは違うけれど、それは気にせず、ウンスに向かって、ヨンの想いをぶつけてください。
二人の・・・・・
私も欲しいですよ!
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王子さまのおしゃべりに
うるうるっと 感動。
ちょっと 安心したかしら?
ほんとなら
誕生すらしてないわけだしね…
どうなるのかなんて
わからない
ほんと 正面突破ね。