2016 再開祭 | 孟春・結篇 〈 粥 〉

 

 

「大護軍、どうされました」

狭いと思った温宮も、いざ人探しとなると広い。
角という角、全ての脇廊下、そして部屋の扉前で耳を澄まし時に中を覗く俺の姿に、行き交う者らが怪訝な声を掛ける。

「医仙を見たか」
問いに返る言葉は同じだ。全員がそれに顔を見合わせ、
「お見掛けしておりません」
「いらっしゃらぬのですか」
「自分達もお手伝いします」
そんな風に気遣ってくれる。

あの方にもそろそろ憶えて頂かねば困る。離宮とはいえ宮内だ。
その振舞い方にも皇宮同様の則がある。
俺だけが相手なら構わない。好きに自由に振る舞っても一向に。
覚悟の上だし其処にも惹かれる。俺にはない縛られぬ自由さに。

自由に振る舞って欲しい。則を守って欲しい。
鬩ぎ合う心の中で望む事は唯一つ。ただ三歩の距離、護れる処にいて欲しい。

身を削るような看病も薬湯も何も要らぬから、部屋を出る時には一声掛けて欲しい。
それだけで良い。難しいだろうか。そんなに無理を望んでいるだろうか。

宮中の男は文官から兵に至るまで、全員と声を交わした気がする。
気は進まぬが、これで後はもう尚宮にでも話を聞くしかない。
顔見知りの皇宮の尚宮や武閣氏とすら碌に声を交わさぬ俺が、初見の離宮で尚宮を探し出し、訪ねて行くとは。

苦々しい思いで踵を返す。
王様の御幸でない限り、離宮にいるのは尚宮長と水刺房の尚宮数人くらいのものだろう。
宮中に人が居る限り、飯を喰わぬ訳にはいかぬ。

水刺房を探すのが最も易い。鼻を利かせればすぐ判る。
北風の中に煮炊きの匂いを求め、俺は廊下の足取りを速めた。

 

*****

 

「ああ、こぼれます医仙様」
「え、だって、だって!待って、火加減が」
「失礼します。少々お貸し下さい」

・・・成程な。尚宮衣というのは皇宮も離宮も揃いなのか。
皇宮で目にするその尚宮衣と全く同じ姿に、妙な得心をする。

しかし厨房の中は、皇宮の水刺房とは比べ物にならぬ程に小さい。
王様の御幸の折には外天幕を張り、臨時の焼厨房を拵える意味がようやく判った。
安堵と呆れで力の抜けそうな腕を、同じく小さな出入口の木枠へと突張って息を吐く。
そんな事に気を逸らさねば、今にも怒鳴り込んでしまいそうだ。

狭い厨房のそのまた隅、竈横に据えた七輪の上に小鍋をかけ、火を焚いているあの方。
脇の尚宮は気が気でなさそうにその鍋を覗き込み、あの方が握り締めていた木杓子をそっと受け、小鍋をかき回す。
鍋縁まで白く盛り上がっていた雪のような泡が静まった処で
「医仙様。そろそろ宜しいかと」

尚宮は幾度か杓文字で鍋の中身を持ち上げては、たらたらと鍋へと落とした後に頷いた。
「器に移してお持ち致します。治療室で少々お待ち下さい」
「え、いいです。ここでよそってもらえれば私が持って行きます」
「いえ、たとえ大護軍様の御粥でも、医仙様が配膳など、下々の」
「本当にいいんです。2人ともそういうの、全然気にしないから」

ああ確かに。誰が盛ろうが配膳しようが、互いに全く気にはせん。
その点は気にはせんが、あなたが俺に無断でこうして水刺房に潜り込み粥を拵えた事だけは大いに気にする。

「大護軍様・・・」
苛立つ指先で木枠を弾きながら、腕で塞いでいた出入口の背後で呼び声が掛かる。
肩越しに振り向けば、叔母上と同じ年の頃か。
数種の菜を載せた大籠を抱えた尚宮が困惑顔で立っていた。
「・・・済まん」

腕を降ろし、その尚宮が通れるように出入口を開ける。
尚宮は頭を低くしたままで避けた俺の横をすり抜け、出入口から奥を覗き、初めて知ったのだろう。
「まあ、医仙様はそちらで何を・・・」

あの方は声に振り向いて、戸口の尚宮とそして無表情に中を覗く俺を同時に見つけたらしい。
尚宮に見つかって極まりが悪いか、それとも俺か。
小さな両手を上げると、満面の偽りの笑みの顔横でひらひらと振ってみせる。

そうだな。窮地に陥る程にそうして愛嬌を増すのがこの方らしい。
そうして見せるという事は、ご自身が起こした騒動に多少の自覚はあるのだろう。
当然だ。それすら無ければ此方も黙ってはおらん。

仏頂面のまま水刺房の厨房に踏み込み、この方の目前に立つ。
鳶色の瞳が俺を見上げているのを無視したままで
「戻りましょう」

低くそれだけ言って歩き出す。
黙ってついて来い。さもなければこの狭い厨房、尚宮らの面前で肩に担ぎ上げる事になる。

この方は俺の取り付く島もない態度に諦念の息を吐くと、それでも最後に
「あの、尚宮オンニ。ありがとうございました。お邪魔しました」
そう言って出来たての粥をよそった椀を持ち、小走りに後をついて厨房を出た。

 

*****

 

「一体何を」
「お粥を作ってたの。ヨンア何も食べてなかったし」
「存じております」
「じゃあ何?あと他に何が聞きたいの?」

そんな切り口上の口調が癇に障る。
まるで心配し、追い掛けた俺が悪いかのような。

「何を考えておいでか」
「だから、あなたがやっと寝てくれたから、その間にお粥を作りたかったんだってば。どうして怒るの?」
「俺が悪いのですか」

廊下に並び歩くあなたも、この口の利き方に堪忍袋の緒が切れたか其処でぴたりと歩を止めた。
お互い様というものだ。此方も肚に据え兼ねている。

無言で睨みあう廊下、周囲に人の気配はない。
光取りの窓外は、翳るまでにはまだ刻がある。

無言の睨み合いに痺れを切らしたか。
手にした粥の器を放り投げそうな勢いで、この方は鋭く息を吸いこんだ。

ああそうか、これでもまだ言いたい事があるんだな。
良い度胸だ、聞くだけは聞いてやる。

鋭い息の後に叩きつけられるであろう言葉の礫に身構えて、俺は僅かに顎を上げこの方を見降ろした。

 

 

 

 

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