2016 再開祭 | 紫蘭・中篇

 

 

「21・・・天界では、婚儀の写真をとても熱心に撮影します。そして立派な、一冊のアル、いえ、本にするくらい。
何100枚も撮る事もあります。いろいろな衣装も着ますよ。ドレスも、それに韓服も。
いろいろな小道具や背景を使うし、本格的です。新郎新婦1人きりのも、もちろん2人のも、友人と一緒のも、いろんなポ・・・姿勢で。
きっと媽媽がご覧になったら驚かれると思います」
「それ程たくさん・・・」

何百枚もを一冊の書にすると伺って、思わず声が大きくなる。
一枚の絵姿ですら、完成まで幾日か掛かるというのに。
その驚きぶりに、医仙はようやくいつもの笑みを浮かべる。

「はい」
「どれすというのは、御婚儀で医仙が召されたようなあの白い衣でございますか」
「あれよりずっと豪華ですけど、似ています」
「医仙」

そこで思い当たる。もしや医仙の近頃のご様子は。
「医仙の、御婚儀の絵姿は」
妾の問い掛けに医仙がはっきりと、けれど何処か淋し気に首を振る。
「いいんです。気にしません」

ああと声を上げかけて、思わずその口を指先で塞ぐ。残されておられぬから。だからお淋しいのではないか。
かめらのないこの高麗で、天界のような御自身の婚儀の姿を残せぬ事が。
確かに皇宮の絵師を送らなかった。あの折全てを内密にしたせいで目立つ動きが出来なかった。
そして絵師があの日の医仙と大護軍を見ておらぬ以上、今から描けと命じて描けるものでもない。

しかし今から再びお衣装を召されて絵師の前に立とうと、あの日の慶びや、嬉しさや、陽の色や、皆の笑い声は蘇らぬ。

流れていくのだ。あの日あの場に居た者しか判らぬあの美しい刻。
医仙の微笑も、大護軍の勇壮さも、今同じお衣装を纏ったとしてもあの日の真似事に過ぎぬ。
あの日あの場に同席した者の瞼に、そして心にだけ焼きつく景色。
その思い出の日の美しい御姿を残せぬお淋しさ。そして。

それ以上は天界のお姉さま相手にも口に出すのが憚られ、妾はただ黙ったまま向かい合う医仙に頷くしかなかった。

*****

「・・・王妃」
目の前の王様が驚かれたように、小さく息を呑まれた。
当然であろう。 それまで天界のかめらの話、医仙のお話をしていた妾が突然、このように涙を流せば。

揺れる部屋の灯の中で、王様のお顔が急に強張る。
「王妃、如何した。ご体調が」

泣いてはならぬ。大切なこの方にご心配をお掛けしてはならぬ。
慌ててお席を立たれ、妾の横まで歩まれると不安なお顔でこの手を取り、顔を覗き込んで下さる王様を困らせてはならぬのに。

それでも止まらぬから仕方がない。
「・・・医仙が、お気の毒です・・・」
「そうだな、王妃。もう判ったゆえ」
「王様・・・」

違うのだ。本当はそれだけではないのだ。
声が上ずらぬようにどうにか息を整え、もう一度ゆっくりと王様の御目を見詰める。
「王様、私達の婚儀の絵姿を憶えておいでですか」
「無論だ・・・が」

王様も少しだけお苦しそうに言葉を切ると、お困りのご様子で眉を曇らせる。
あの時。王様の事をずっとお慕いしていた心をお伝え出来なかった妾も、そして妾の本心を御存知なかった王様も。
二人の仲は決して睦まじかったとは言えぬ。
そしてあの絵姿の中にいる二人は、並んでおっても距離がある。
離れた心の距離の証が、絵師が幾度懇願しても決して近づけなかった互いの肩の距離。
互いの心が別を向き冷たく固まった証が、同じ処を見詰めぬそれぞれの視線の行き先。

そんなものまであの絵姿は、くっきりと写し取っている。

本当は肩を触れ合うほど寄せた二人の姿を描いて欲しかった。
本当は同じ処を見詰め、笑みを浮かべた絵姿を残したかった。
けれど今から描き直させる訳にはいかぬ。それは偽物になる。

「王様・・・」
「判っておる。判っておるから」
「こんなに、今は・・・」
「判っておるからもう泣くな、王妃」
王様は妾を宥めるよう、幾度も頷かれるとゆっくりと髪を撫でて下さる。
王様を立たせたまま、妾が椅子に座り込むなど許されぬ。
それでも王様が引き寄せて下さった御部屋着の胸に顔を埋め、妾の涙はその絹を濡らし続けた。

笑って一緒に納まりたかった。生涯残る絵姿だからこそ。
先刻の懐かしい一瞬の王様のお顔を、ずっと胸に刻みたかった。
けれど取り返しはつかぬ。 今から絵姿は描き直せぬし、先刻の王様のお顔はもう拝見出来ぬ。

これから描けるのは、あの日あのお二人の婚儀の御姿。
それを描けるのは、あの日あの場に立ち会えた者だけ。

「あんなに倖せな御二人の絵姿を、残せぬなど」
「・・・そうだな。本当に美しい、佳き日であった」
「医仙がおっしゃったのです。愛しい方の刹那の微笑も思い出も、かめらなら全て残せると」

思えば思う程、涙が止まらなくて困り果てる。けれどそれと共に溢れる言葉こそが真実だから。

「医仙が教えて下さいました。大切な方の、笑顔をずっと残せると。妾は王様のお顔を残したいのです。
この心の中だけではなく、本当にそうして残して、思い出して見返せるなら、どれ程に倖せか」
「王妃・・・」

王様はお恥ずかしそうに御口の端を下げられ、そして思い立つように妾の手をお取りになった。
そうして王様に導かれながら、まだ涙が止まらずに寝所へ入り、絹の掛布に並んで腰を下ろす。

「王妃」
王様はこの手を握られたまま、横の妾をゆっくりと呼ばれる。
握られた御手の力強さに、ようやく波立つ心が静まって来る。
「・・・はい」
「居るではないか」
「・・・は、い?」

予想外のお声に泣き止んだ妾に安堵された視線を向けながら、王様は御自身のお言葉に幾度も満足そうに頷かれる。
「何故思いつかなかったのか。そうだ。居るではないか。かめらとやらは持たぬが、あの佳き日を知り、描き写せる者が」

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    お早う御座います。まぁ。お互いが、思い思われだったと言う事なんでしよね。いつ迄も御幸せに

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    王妃様のお涙には、二つの想いが籠っていらっしゃる。
    ウンスから告げられたこと。
    王妃様ご自身のご婚儀のこと。
    どちらも…、巻き戻せない 時 。
    お二人にとって真の事実は、
    ヨンはウンスを、ウンスはヨンを、
    王様は王妃様を、王妃様は王様を、
    心から愛している。

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    王様も王妃様も
    あの日のあの時間には
    戻せないけど…
    あの日々が有ったから
    今のお二人が幸せなんですよね(^^)
    王様が、ヨンとウンスの婚儀に
    出席されてて良かったーー❤

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