2016 再開祭 | 智仁勇・後篇

 

 

長衣の下、膝上まで捲り上げたパジの足で思い切り水を蹴る。
魚が釣れないのに腹が立つではない。それは魚次第だ。
釣れないのは知恵比べで、俺が魚に負けているからで。

そうではなく、ドンソプの手口の汚さに腹が立つ。
大切な家族であるシベクを奴扱いされた事に腹が立つ。
それなのに年長だの、多勢に無勢だのと、正攻法で説き伏せようとした自分の生温さにも腹が立つ。

ぶつけられなかった悔しさにもう一度水を蹴ると
「ヨン、魚が逃げるぞ」
少し離れたところで釣り糸を垂れていた皆が、派手に水飛沫を上げる俺に言う。
「・・・悪い」

奴らも今日は諦めたのか手にしていた木の枝から釣り糸を外し、仕舞いこみながら立ち上がる。
「もう良いさ。釣れないよ。釣りは終いにして山にでも行くか。それとも町に行って、妓房でも覗いてからかおうか」

キルホが川辺で、空に向かって大きく伸びをすると皆に尋ねる。
途端にその場の全員が妓房の一言に顔を赤くした。

「妓房なんか覗いて、見つかったら大目玉だぞ!」
「でも父上たちも行ってるよな・・・」
「俺達が行ったりしたら、子供が生意気だと怒られるんだ」
「どうしてだよ。冠禮を迎えれば俺達だって」
「まだ先だろ。筓を渡す相手もいないくせに」
「か、関係ないだろ!何言ってるんだよ!」

そんな風に唾を飛ばし盛り上がる皆を横目に
「俺は帰る」
捲り上げていたパジの裾を下ろしながら俺は言った。

妓房の妓女見習いの修練姿を覗き見して、一体何が楽しいものか。
それなら釣りか、棍を振るか、調息をしている方がずっと楽しい。
「ヨンが帰るなら、俺も帰る」
「俺も帰るよ」
「釣りはまた改めて来ようぜ」
「そうだな。今日は最初からあのアンの横槍が入ったから」
「全く気分が悪いよな」
「ヨンもシベクも気にするな。ああいう奴は性根が腐ってるんだ」

皆口々にそう言って、励ますようにシベクの肩を叩く。
そしてそれぞれ荷を抱え、町へ降りる道を並んで歩き始めた。

 

「成程な」
黙ったまま話を聞いて下さった父上の、溜め息混じりの声がする。
「お前の気持ちは判った」

ドンソプの一件を告げた後も、重苦しい気持ちは晴れない。
多勢に無勢は嫌いだが、親の威を借りるのはもっと嫌いだ。

「ヨンア」
「・・・はい、父上」
「己と同じ考えの者ばかりではない」
「はい」

向かい合う書斎で卓上の論語を指して
「道は先人が示す。書はその道を残す。答は己が出すが良い。頭はその為にある」
父上はそれだけおっしゃった。

書は道を示す。答は己で出す。
静かな夜の書斎に響く父上の御言葉を、俺は胸の中で繰り返した。

 

*****

 

「シベカ」
「はい、若様」

翌朝の宅の庭に早々から立ち働くシベクを見つけ、俺は駆け寄ってその両腕に提げる水桶を一つ奪う。

「いけません、衣が濡れます」
「そんなに下手じゃない」
並んで重い水桶を運びながら、俺はシベクに言った。

「今日、もう一回書堂に来てくれないか」
俺の頼みにシベクは首を傾げ、それでも俺の目を見ると何も聞かずに頷いた。

 

「・・では、今日はここまでにしよう」
訓長様の声に皆が卓上の教書を閉じる音、筆をしまう音が響く。

「ヨン、帰ろうぜ」
早々に片付け終えたキルホの声に朋らが頷き、自然と周りに寄って車座に座り込んだ。

「いや、今日は一人で帰る」
首を振った俺に、皆は怪訝な顔をした。
「何だよ、何か用か」
「良いから、先に帰ってくれ」
「・・・うん。じゃあ、な」

頑なに首を振るばかりの俺に何かを感じたか。
キルホは頷き席を立つ。そしてどうして良いか惑うような顔つきの他の朋らに
「行こうぜ」
と促して、先に立ち東屋を出て行った。

朋の背が全て消えるのを待ってから、急いで東屋を抜け出す。
門に一人で居るシベクがドンソプらと鉢合わせするのは困る。

駆け付けた門前にまだドンソプらは居らず、シベクが一人きり立っていた。
そして息を切らせた俺を心配そうに見ると
「若様、どうしたんですか」
と尋ねた。

「先刻キルホさんが通って、若様はまだ残っているから先に帰ると。
まさか何か、居残りさせられるような悪さでも」
「そんなんじゃない。それよりドンソプは」
「ドンソプ、とは」
「昨日の。お前に厭な事を言った男」
「さあ・・・顔も覚えてませんよ。若様こそ、もう忘れて」

話している時に、話題の主が昨日と同じようにのろのろと庭をこちらへ歩いて来た。
気付いた俺は奴らの目前、門から出さないように立ち塞がる。

少し離れて気付いた奴らは、そこで足を止めて周囲を見渡す。
昨日と違い俺の周囲にシベク以外誰も居らぬ事に気付いたか、余裕の笑みを浮かべて近寄って来る。

自分らの方が年嵩で人数も多い。喧嘩になっても勝てると踏んだのだろう。
奴らが束になってかかって来ようと、シベクの毎朝晩の水汲みで鍛えた腕力だけでも、生白い貴族の息子らが敵う訳もない。
しかし今日の相手は、シベクではなく俺だ。

奴らは門を塞ぐ俺の前まで来ると、この蛮勇を鼻先で嘲笑うように声を上げた。
「司憲府大司憲の御令息が、二日続けてどうしました。校門前で私奴と一緒では目立って仕方ない。書堂の評判が落ちます」
「謝って下さい」

奴の戯言になど耳を貸さず、俺はそれだけ短く言った。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    ヨン君画像可愛い!!♡
    正面突破もこの頃からなのでしょうか~
    でも、何か父上とのお話の中で答えが出たんですよね。続きは見ものですね‼

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