2016再開祭 | 茉莉花・廿柒

 

 

「イムジャ」
いつもよりもずっと早いチェ・ヨンの訪いを知らせる声に驚いて、顔を上げたウンスが部屋の扉口を見る。
悠々とした大きな歩幅で入って来たヨンは、いつもと変わらない穏やかな瞳でウンスを見る。

変わらないどころかここ数日、あの判院事のパーティの誘いの日以来今までで一番気分が良さそうだ。
ウンスはヨンに駆け寄ると、自分よりずっと高いところにある頬に手を当てる。
黒い瞳をじっと覗き込んで、何か答が見えないかと探す。
充血もしていない。透き通り過ぎて、黒い瞳とコントラストをなす白目は青く見える程だ。
顔色もすこぶる良い。もちろん熱もない。
夏の陽射しに愛された肌は、特別なケアもコスメもないこの時代でも滑らかに整っている。
数日間目の下に浮かんでいたクマも、今はすっかり消えている。
自分の方がこの間の深酒以来、肌のコンディションが悪いくらいだ。

いつもの触診とは違う指先の動き。
幾度も確かめるように自分の顔をくまなく撫でる小さな温かい手に、ヨンが擽ったそうに低く笑う。
「・・・如何しました」
「ううん、触ってたいだけ」
では好きなだけ触れてほしいと、ヨンはウンスの為すがままに任せ、微笑んで瞼を閉じる。
互いに見つめあい頬を撫でるには、余りにも近すぎる二人の距離。
このまま眸を開けていれば、ウンスの職場である典医寺で無体に及びそうで困ってしまう。

部屋に溢れる夏の陽射しの中で、自分の姿だけを映す鳶色の瞳。
自分の眸を覗き込むそれを逸らさず見つめ返せば、体が動き出すのを知っている。
言葉は要らない。心が先に知っている。体はそれに急かされる。

触れて欲しい。触れていたい。指一本でも、その息でも、視線だけでも。
綺麗事など口にする気はない。口煩いと鬱陶しがられても構わない。
余所見をすれば腹が立つし、危険な目に遭うと判る道へ進めば怒鳴ってでも引き戻す。
それが自分のやり方だ。

その代わり傷つける事は絶対にない。傷つける者は赦さない。
そして誓った筈だ。自分がつけた傷なら、その傷ごと癒してやると。
あの娘はウンスの心を傷つけた。その原因は自分にもある。
及び腰の自分が傷つけた分は、幾度でも癒してやる。
そしてあの娘が傷つけた分は、その代償を払わせる。
「イムジャ」

顔を撫で回して満足したのか、次に頸へと移る温かさを追ったヨンが静かに瞼を開ける。
そうして開けてしまうと思ったよりもウンスが遠い気がして、半歩前に出る。
ウンスは立ったままで顔を上げ、降って来る黒い瞳を受け止める。
ああ、大好きだ。とっても愛してる。
こんな風に見つめるだけで心が優しくなれるのは、この男だけだと思いながら。
だから自然と笑いがこぼれる。それはきっと彼が笑っているから。
私たちはまるで鏡みたいだ。だけどそれだけではきっと駄目なのだとウンスは思う。

彼が笑っている時一緒に笑うのは簡単だ。けれど彼が笑えない時に笑って見せるのが大切なんだ。
彼が泣く時一緒に泣くのは簡単だ。けれどそれでは、彼はきっと私の前で泣けなくなってしまう。
彼が泣く時は、自分は泣かずにその涙を拭いてあげたい。
そして彼が怒った時一緒に怒るのではなく、抱き締め背を撫でて呼吸の仕方を思い出してほしい。
今指で感じる確かな鼓動。この落ち着いた拍動を思い出してほしい。

それが出来れば私たちはきっと大丈夫。
そう思いながら、ウンスはチェ・ヨンの手首の脈へと指を移した。
「今日は早いのね?まだお昼前なのに」
「抜けられますか」

手首ごと鼓動をウンスに委ねたままで、チェ・ヨンが尋ねる。
「うん。媽媽の診察は終わってるし、特に患者さんもいないし。でもどうして?」
「共に行きたい処が」
「どこ?」
確かめる声と共に手首から離れた細い指を改めて握り直し、チェ・ヨンは目許を緩めて言った。

「卵を喰いに」

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらん様
    こんばんは。
    いよいよですか~(≧∇≦)
    おっきな卵も、ちっちゃな卵も喰っちゃうんでしょうか?
    確りと代償を払わせるって思ってるから。
    明日が楽しみです~(≧∇≦)

  • SECRET: 0
    PASS:
    無体に及んでも…
    場所が場所だし まだ日が高いし(笑)
    ヨンに惚れ抜いちゃってる ウンスが可愛い
    (〃∇〃)
    ようやくふたりとも
    玉子親子に乱された心が
    落ち着いたようで…
    困った親子に
    "スカッと"してもらいましょう 

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