「チュンソク」
「は」
「このまま典医寺へ向かう。お前は一旦兵舎へ戻れ」
「判りました」
回廊を進みつつ、雨の落ち続ける薄桜色の中天を見上げる。
「恐らく道中止まんだろう。雨に強い馬を牽け」
「は」
急ぎ足で共に回廊を戻りながら、チュンソクが肩後ろで頭を下げる。
「・・・助かりました、大護軍」
その声に小さく息を吐き
「だから言ったろ」
そう返すと、チュンソクが苦く吐く息が雨の中に響く。
「は」
「苦労する」
「返す言葉もありません」
「このまま出るのか」
「え?」
「出立前に、お伝えしなくて良いのか」
「ああ・・・ええ、トクマンからハナ殿に、伝言を頼もうかと」
「そうか」
しかし心が揺らいだように、チュンソクの足音が鈍る。
迷っている。だから言っておいたろう、苦労すると。
女人が苦労させるのでは無い。己の心が揺れる事に苦労する。
今迄何の迷いも無く、決められたことが決められず。
それ迄自由に動いた手が足が、突然動かず難儀する。
俺ほど身勝手な男ではない。
人一倍責任感が強く、担う役目も重い。
あの頃俺が一人で走ったように、勝手に走れる男ではない。
だからこそ尚更、苦しい時もあるだろう。
己の心が、己のもので無いような感覚。
気付けば全く違う事に占められている。
焼き鏝を当てられたように焼き付いて離れない面影を追い駆け、朝も昼も夜も、魘されるように思い出す。
今は良い。しかしひとたび戦でも始まれば。
護る為に死ねんと思う。護る為なら何でもすると。
己の命と引き換えにでも、この方だけは生かすと誓う事になる。
だから共に居られる短い時を、何より大切だと思うようになる。
何処に居るのか、何をしているのか、誰と共に過ごしているのか。
全て知りたくて、しかし気に入らぬ奴と共に居ると知れば腹が立つ。
儀賓大監の姫が、医仙のように分け隔てなく民と過ごすとは思えん。
ましてやお前が初恋の相手だと、あれ程高らかに宣言した敬姫様だ。
その意味では、お前は最初から悋気に苛まれる可能性は低い。
しかし、それはそれで悩みは尽きぬだろう。
こうして惑う足音を聞いても判る。
己が最中に居る時にはこれ程苦しく馬鹿馬鹿しい事は無いと思う。
しかしこうしてこいつが惑うと、しっかりしろと背を叩きたくなる。
惑われては困る。俺の心をまともに読むのはお前とテマンくらいだと。
俺も、そうだったのだろうか。
あの頃俺達の周囲で常に俺達を見守っていた奴ら。
今の俺のようにこの背を叩いて言いたかったのだろうか。
惑うな、迷うなと。
一歩引いて見れば、何も心配する事など無いと判る。
敬姫様はお前を心から慕っておられる。大切にしておられる。
あの方と違う意味で浮世離れした方だが、それでもお前を心底想っておられる。
しかしそれを他人の口からどれだけ説かれても、己が感じねば意味は無い。
それも判るから、これ以上は言わん。
精々迷って苦労すれば良い。役目に障らぬ程度にな。
「好きにしろ」
「・・・は」
頭を下げたチュンソクを後に、回廊を脇道へ逸れる。
典医寺までの最短の道。春の喜雨の許、あの方へ走る。
脇に抱えた箱の中、赤錆びた治療道具が触れあう音がする。
音が夢ではないと教えている。これであの方が楽になれば。
そうなれば、どれ程嬉しい事だろう。
例えそれを隠した男が、犬どころか鼠に劣る奴だとしても。
この手にこうして無事に戻った治療道具に罪は無い。

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さらんさん、こんばんは❤️
周りから見れば安心して見守っていられるような事でも、当の本人達は自分の気持ちに振り回され必死だという事も分かる気がします。
ヨンもチュンソクの事だと客観的に冷静になれるけど、あの時は必死だったんだものね。
チュンソクもキョンヒ様に心配掛けないようにね。
器具を片手に急ぐヨン、ウンスの助けになる物だから嬉しいですよね~ 典医寺へ急げ~
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チュンソクを見て
昔の自分の姿が わかったかな
手に取るようにわかっちゃう。
その気持ち 否定も 肯定もせず
好きにさせてくれるのね
ヨンは ウンスの喜ぶ顔がみたいね
はやく。
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チュンソクさんも、ヨンのように
突っ走れたら、楽なんだろうけど・・
ウンスの事で突っ走れたヨンは、
幸福者ですね~~
チュンソクに感謝しないとね(^^)
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チュンソクは生真面目だから…
ヨンの言うように 苦労するわね
何せ敬姫様は もともと王族の姫様
一般人 民の考えること違う
そう…浮世離れという言葉が当てはまるわね
でもチュンソクを恋い慕う心は
誰より一途で 誰より深い
それがまた 可愛くて重いのよねチュンソクは…
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うんうん!!
朝も昼も夜もウンスの事が離れないよね~。
何処に居るのか、何をしているのか、誰と共に過ごしているのか…もう~ヨンさんったら!!
だからチュンソクの気持ちが分かるよね!!
キョンヒ様の処へGO~♪
ヨンさん愛しいウンスが居る典医寺までGO~♪
春の喜雨が2人を優しく見守ってるよ~!!
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今年の4月以前のお話が読みたいm(__)m