2016 再開祭 | 木香薔薇・拾玖

 

 

「あの若い男」
大護軍はそう言った俺を、黙ったままでじっと見ている。
視線の迫力に圧されないように、俺は腹に力を入れた。
「医仙に、一目惚れしたみたいです」
「そうか」

当然怒ると思った大護軍は、何故か諦めたように息を吐いて頷く。
「そうかって、大護軍」
「侍医からもチュンソクからも聞いている」
「え」

確かに俺達が居間にいる間に、御医は一人で薬草を取りに帰った。
それを伝えるためだったのかと、今更ながらに納得して俺は大きく頷いた。

あの従者が気に喰わない俺の思い込みだけじゃなかった。
御医までそう言うなら、それをあの慎重な隊長も受け入れたんなら、確実って事だ。

「どうするんです、大護軍。こんな近所なんですよ。あの若い男はこれから国子監に入学するって言うし。
そうすればしばらくはあの邸にいるでしょう。何年も医仙の周囲をうろつかれれば面倒に」
「さあな」

大護軍はそう言うと、縁側の方に視線を投げた。
まだ座って足を揺らしている医仙はすぐに大護軍の視線に気付くと、嬉しそうにこちらに向かい大きく両腕を上げて振った。
あんなにきちんと見てる。暗がりにいる大護軍を。

「冗談じゃないですよ、そんなの」
「では如何する」
何だろう。大護軍は少し困ったように低く俺に問い返す。
「男の国子監入学を取り消すか。もっと酷い怪我を負わせるか」
「そうじゃなく、大護軍の奥方だって判れば幾らなんでも諦めるでしょう。この国に大護軍の名前を知らない民はいません!
まして大貴族の息子なんですから」

その時大護軍は、俺の声に目を見開いた。
ほんの少しだったけど、もう十年一緒にいる俺ですら滅多に見ないその表情の変化に、俺の方が吃驚する。
「大護軍」
「まさか・・・」

大護軍は気の抜けた声で、俺に向かって小さく呟く。
「まさか、誰も言っておらんのか」
「え、ええ。少なくとも俺は。何度か言おうとしたんですが、その度に邪魔が入って」
「侍医は」

あの時邸に戻って、門前払いを喰らった。その後に通された居間での会話を必死にもう一度思い出す。
言っていない。俺は聞いていない。確信を持ててから、大護軍に向かって首を振る。

「医仙の御名前すら呼んでません」
「家令は」
「それはよく判りませんけど、少なくとも俺があの邸で会ったのはあの若い男と、その従者と、門番だけです」
「あの方は」
「それどころじゃなかったみたいです。男の治療で。でも隠したりしていません。何度もあの人は、あの人はって言ってましたから」

大護軍は初めて舌打ちをすると、そのまま暗がりで踵を返し急いで二、三歩進み、思い直した様子で足を止める。
「よく判った」
「あの男の治療は、もうさせませんよね」
「侍医が行くと言っている」
「絶対止めましょう、大護軍!俺は嫌です、惚れてると判っている男のところに、医仙が行くなんて。
たまたまぶつかっただけです。医仙のせいじゃありません。そうだとしたって、もう御医まで手配してるんですよ。
典医寺の最高医がお二人揃って診察するような怪我とは思えません!」
「・・・・・・」

大護軍は二、三歩離れて足を止めたままのそこから俺を見ると
「俺達が揉めても始まらん」
そう言ってもう一度、縁側に向けて歩き出す。
俺は大護軍の横に駆け寄ると、半歩後からその横顔を見る。

「じゃあ、男の怪我が治るまで。もしも医仙が行くって言うなら、最後まで俺が着き添います!それこそ俺の責任です!」
「十日も鍛錬を空けるのか」
「十日でも一月でも、最初にきちんと医仙を守れなかったのは俺です。隊長に言われたのに、遂行できませんでした」
「些細な町歩きだ」
「些細な町歩きでも守れないのに、大護軍の兵を名乗る資格なんてありません!それですら駄目なら、戦時になんて」
「トクマニ」

大護軍は困ったように、でも少しだけ嬉しそうに俺を呼ぶ。
だけど次に飛んで来た声は、いつもと同じ低くて厳しいものだった。
「気張り処が違う」

それでも身構えた俺に向かってあの目にも止まらぬ速さの平手が飛んで来なかっただけ、この気持ちが通じた・・・と思いたい。
「お願いします、大護軍。一日がかりのはずがありません。ほんの数刻だけ鍛錬を抜けさせて下さい。
その分歩哨の空き時間にでも、チホのところに行ってでも、鍛錬は必ず毎日」

半歩後にぴたりと張り付き拝み倒すように横顔に訴える俺を、流した視線だけで大護軍は諫める。
これ以上しつこく頼み込んだら間違いない、次は速手だ。
瀬戸際でようやく黙り、それでもその目をじっと見つめ返す俺に、大護軍は片頬を緩めた。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    トクマンがこれ程 言うには
    大護軍が ウンスのことで
    悲しい顔するの 嫌なのよね
    トクマンだけじゃないわ 迂達赤みんな
    そりゃ必死になるわー
    うれしいねぇ そんなに思ってもらえて

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    そうなんですよね…
    大護軍の奥方様…って、あの男に伝えることそのものが嫌で、だあれも伝えていなかったのですよね。
    だから…、相手に錯覚を起こさせてしまったみたい。
    これ以上揉めないように、そろそろ何か手をうちましょうよ。
    ウンス本人は、何にも分かっていないみたいだし。ウンスの善意が無にならないように、周りで何とかお願いします。

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    おぉ~!Σ( ̄□ ̄;)トクマニくん頑張ってる(^-^;)てかみんな大護軍の奥方と名乗っていてこんな騒ぎと思っていた様子φ(..)だよねとか思いつつそれどころじゃない流れだから何ともね…周りのドタバタに引き換え当人のウンスがどう思っているか(((((((・・;)分からないφ(..)てか怪我人と付き人?以外名前分からないから凄いね…流れが悠長になる間合いないからね(^-^;)どうなるこのあと(-_-#)

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    大護軍であり奥方の医仙である、ことを
    言ったとしても、果たして懸想は消えるのか。
    ヨンさんは、自分が必死で想いを抑えようとしても無理
    だったから(・・ていうか、攫った時点で、嫁取り
    だろう・・と、思いましたがw)
    自分の部下や政敵などは排除できても、利害関係も
    (一応今の所)ない貴族の息子が懸想するという
    多分、初めての状況(ですよね?)だからなおのこと
    頭が痛いでしょう。
    まして、それが初恋なら・・・・
    ははは(;゚∀゚) 思慕いは止めようがないけれど、早めに
    手の届かない相手だと知らせるのも、親切ですよね~

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    トクマン君
    一本気
    惚れた漢の憂いを想い
    慕う天女の優しさを知る
    ならばこそ、護り守ると決めた心
    譲る(ゆずる)はずが無し
    俺…やだ…ゼーッたい!ヤだからな
    何て声が聞こえる ハイ

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