倒れた竹の枝を小さな刀で素早く器用に全部落として、何本かまとめて山にして、太いロープで結び終わって。
その間、倒れて来た竹に驚いて避けた私たちが竹林の入口の隅っこにひと塊になっているのに気付くと、さすがにちょっと申し訳なさそうに
「・・・怪我はないか」
地面にしゃがんで竹を結び終わって、顔を上げずにヒドさんは聞いた。
「大丈夫です。ビックリしたけど。さすがカマキ」
「鎌鼬」
呆れたみたいに首を振ると、ヒドさんは訂正するのも面倒くさそうに言って立ち上がる。
「あああ、そうです。かまいたち。あんなにいっぺんに、何本も竹が切れるんですね。さすがヒドさん!」
「・・・褒めたつもりか」
「つもりじゃなく、思いっきり褒めてますよ。ね?トギ?」
私の声にこくこくうなずくと、トギはヒドさんに唇で聞いた。
あの風は なに。
ヒドさんは相変わらず不愛想にその唇を読んだ後、視線を逸らすと低い声で言った。
「風功」
風、功。
ヒドさんはもうトギを見ていないのに、トギは唇を動かした。
「すごいでしょ?去年の夏、薬園の雑草も刈ってくれたのよ。きっと今年の夏もまた」
「二度と御免だ」
全く疎通しない会話の途中で、水刺房からのお手伝いさんが困ったように下げたお鍋を少しだけ上げた。
「医仙様、これはどちらに」
「あ、ああ!ごめんなさい、大丈夫です。あとは自分達で運べます」
「はあ」
抱えてたザルをトギに渡して、運んでもらった黒いお鍋を受け取る。
水刺房のお手伝いさんは私の声に曖昧に頷いて、最後にひとり言みたいに言った。
「風功など、怪し気な・・・」
聞こえないって油断したのか呟くと、私たちに向かって丁寧に頭を下げて、元来た道を戻りかける。
その瞬間。私はトギの目を掴まえて、その目に向かって言った。
「ちょっとだけ、持っててくれる?」
トギは驚いたみたいに押し付けたざるを脇に抱えると、差し出したお鍋の取手を両手で握り締める。
荷物いっぱいになっちゃって悪いけど。
「すみません!」
立ち去ろうとしていたお手伝いさんは呼び止められて、慌てて小走りにこっちに戻って来た。
「はい、医仙様」
悪い人じゃ、ないんだと思う。
ただ斎日が何たら山がどうたら、やたらと迷信深いだけで。
だけど絶対に言っちゃいけないことがある。私の中のルールでは。
自分でどうしようもない、変えようのないものを理由にけなすこと。
本人にしか分らない痛みを詮索すること、それを理由に責めること。
人間として相手への敬意があるなら、それは絶対にしちゃいけない。
だけどこの人の頭の中にはガチガチに固まった狭い考えしかなくて、私が責めたら意味もなく謝るのかもしれない。
悪いことをしたと反省してじゃなく、ヒドさんを傷つける言葉に対してじゃなく、医仙っていう偉い”立場”に対して。
「ここだけの話にして下さいね?」
低くひそめた声に、戻って来たお手伝いさんは神妙に頷いた。
「天界ではヒドさんみたいな力を持つ人は、エスパーとか超能力者とか呼ばれて、神様から授かった力の持ち主としてすごく尊敬されます。
神通力とも言うじゃないですか。神様に通じる力。天界も同じです」
ちょっと大げさにそう言うと、お手伝いさんはさっと顔色を変えた。
「・・・え」
「私たちの天界の医術でどれだけ調べても、解明できない力なんです。だから」
怖がらせたくない。だけどヒドさんは絶対に悪い人じゃない。
西洋医学を専攻していた私自身、超能力には懐疑的な思いもある。
でも目の前で見るものにこそ、どんな机上の空論より説得力がある。
論より証拠。あの人にもヒドさんにも、凝り固まった西洋医学の概念じゃ説明の出来ない力が備わっている。
怪し気だと思うなら、1人で勝手に思えばいい。でも私の前で言うのは絶対に許さない。
ヒドさんは怖い人でも、悪い人でもない。力を理由にけなされたり、避けられたりするような人じゃない。
だから。
「謝って下さい」
偉そうに見せるつもりも、威張るつもりもない。
だけど私の愛するあなたの、大切なお兄さんだから。
「私のお兄さんに、謝って下さい」
「医仙様の、お兄様」
さっきの一言でもうろたえていたけど、今では冷や汗をかきながらお手伝いさんは真っ青になった。
「はい。怪しくも何ともない。その力で何度も助けてもらいました。私が証人です。だからお兄さんに謝って下さい」
「も、申し訳ありませんでした!そんな事とは全く存じ上げず」
ヒドさんは振り返らない。
まとめて縛った竹で竹林の入口を塞がないように端っこに置くと、そのままスタスタ林の中に戻る。
「本当に申し訳ありませんでした。どうかお許し下さい!」
大きな声でお手伝いさんがその背中に声をかけても頭を下げても。
ヒドさんは二度と振り返らず、そして何も言わなかった。

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ま、女官の言うことなど
気にもならないだろうけど
ウンスの言葉のほうが
響いてるかな~
弟嫁…
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