2016 再開祭 | 木香薔薇・拾伍

 

 

「テマナ!」
兵舎を駆け出た勢いで張り上げた声に、鍛錬場から走り寄った男が
「は、はい!」
と大きな声で答えた。

「医仙は」
「え」
何事かと駆け付ければ、予想外の問いを投げかけられたのだろう。奴はきょとんと目を瞠り
「トクマンが、一緒にいます。大護軍が命じたみたいで」
自分に声が掛からないのが悔しかったか、ほんの僅かに唇を尖らせて言った。

それでも決して大護軍を悪し様には言わん。
この男から大護軍への文句が出るなど、天地が返っても起こらん。
「医仙が何処においでか、大護軍は御存知なんだな」
「し、知ってるはずです。じゃなきゃ、トクマン一人に任せるわけないです」
判らないなりに考えたのだろう。大護軍が関わればこいつの情報に漏れは考えられん。
テマンは慌てて、こくこくと頭を縦に振る。

「康安殿に行って来る。万一俺より先に大護軍がお戻りになったら医仙のところへ行くよう、お伝えしてくれ」
だからと言って、テマンに使いを頼むわけにはいかん。
こいつはキム御医の話を聞いていない。人伝になれば話は大きくなるばかりだ。

医仙に懸想だと。何処のどいつかは知らんが、ふざけるな。御医もそれを御存知でいながら、何故医仙を置いて来た。
今でも開京に大護軍と医仙の比翼連理を邪魔立てする奴がいるなどまさか考えもしなかった、自分の浅慮に唇を噛む。

俺達の大護軍のお相手だ。どうあっても止めさせてもらう。
大護軍に放って置けとこの襟首をつかんで怒鳴られぬ限り。
そして医仙絡みで、大護軍が俺達を止める訳などあるものか。

その確信に揺れがないから、まだ訳が判らないという表情のテマンに伝える。
「鍛錬はお前とチョモに任せる。鍛錬の刻いっぱい、組手をさせろ」
「分かりました!」
奴が頷くのを見届け、俺は春の夕方の兵舎の道を大門に向けて走り出した。

 

*****

 

足早にくぐった門から庭を横切る私に、充分に日を浴びた薬草を籠へ取り込む薬員たちが頭を下げた。

「お帰りなさいませ、キム御医」
「戻りました、またすぐ出ます」

そんな馬鹿げた返答に、周りで頭を下げていた彼らは一様に首を傾げた。
己で答えても馬鹿げていると思うのだから、周囲は尚更だろう。
「また、ですか」
「ええ。薬草をりに来ただけです」
「どなたか急病なのですか」

私の尋常ならざる返答に、皆の顔に緊張の色が走る。
そう思われるのも当然だ。私もウンス殿も一緒に出たのだから。
そうではない。そうではないが何と説明したら良いものか。

「急病ではありませんが、捻挫をした方がおいでなので」
取りあえず、真実の一端だけはそうして伝えておく。
嘘ではない。
実際のところは薬湯でどうにかなる病ではないが、少なくともあの捻挫だけは本当に治療しなければならない。

「桃核承気湯を。薬剤は全て揃っていますか」
私の問いに近くにいた薬員の一人が頷くと
「はい。すぐに合わせます」
と短く言って、薬室の方へと駆け出した。

迂達赤の皆さんも、そして典医寺の皆も。
それでも一番の被害者は、あの鈍感な天の医官様である奥方に振り回されるチェ・ヨン殿だろう。

それでもあの人騒がせな方をお選びになったのだから仕方ない。
そして私たちの誰もが、あの二人を守りたいのだから仕方ない。
それは勿論、己も含めて。

一言多いのは生来としても、一体いつからこんな世話焼きになったのだろうか。
首を突込まずに、黙って放って置けば良いのに。
私は王様の主治医として此処に来た。診察せねばならないのは王様だけだ。
今までの己なら、そう出来た筈だ。それなのに。

自分の変わりぶりに舌打ちを一つ。そして先に走り出した薬員の背を追って、私も走り出す。
早くしなければ日が暮れる。
幾ら日に日に夕の訪れが遅くなっていても、あの若い男の邸に延々とウンス殿を残しておく訳にいかない。
幾ら医仙の、チェ・ヨン殿の腹心の方が同席していると云えど。

あれ程身元の確かそうな若者なら、ウンス殿に対し無体に及ぶとは考え難い・・・いや、寧ろ及んだ方が良いのか。
そうすればあの迂達赤の方が、相手を叩きのめす口実が出来る。
迂達赤隊長は私の思わせぶりな声に腹を立てていらしたようだが、チェ・ヨン殿から何一つ命を受けていない。
ただあの若者を診ろとおっしゃられただけだ。
だから隊長に向けてとはいえ何処まで話して良いか判らず、結局は尻切れ蜻蛉な言葉になってしまった。

ウンス殿は全く気付いておらぬし、あの迂達赤の方を使者に立てては騒ぎが大きくなる一方。私が走る以外に手はなかった。
あれ程思わせぶりな言葉を残せば、今頃は迂達赤でも血相を変えてチェ・ヨン殿に繋ぎを取っているに違いない。そうでなくば困る。

迂達赤隊長には今後疎まれるだろうが、それも致し方ない。己が疎まれる程度で済めば善しとしよう。
今はまず薬草を運び、病状を見る振りで目を光らせておくしかあるまいと、私は薬室に向かう駆け足を精一杯早めた。
何故こんなに走らなければならないのか。
それもこれも、ウンス殿がもう少し勘働きが良ければ。せめてもう少し、男の心情の機微に敏感ならば。
それなら私が迂達赤隊長を怒らせる事もなかったし、あの門で無礼な門前払いを喰らうこともなかった。
第一チェ・ヨン殿があれ程不機嫌に、私に診察を命じる事はなかった。

本当にあれ程気付きやすい脈の拍動の変化を、何故あれ程優秀な天の医官殿が見過ごすのだろう。
そしてその鈍感さ故、ウンス殿ご本人以外の全員が慌てふためいてこうして駆けずり回っている。
そんな誰にぶつけられる訳もない愚痴を、腹一杯に抱え込んで。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    周りはこんなに慌てて
    あたふたしてるのにねぇ。
    ウンス。
    男心に疎い
    貴女が悪いのよ~(^_^;)
     
    さらんさん
    お身体大丈夫ですか?
    無理ならさずに
    気をつけてくださいね。

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    もう…イライライラ
    早く ウンスを引き剥がさないと(笑)
    そうでもしないと
    ほんとに ウンス外出禁止令が出そうだわ
    大事な大事なウンスは 邸に居てください!
    無理だけど(笑)

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