2016 再開祭 | 釣月耕雲・陸

 

 

チェ・ヨンの戸惑いを余所に、ウンスはきりきりと尖った声でその顔に向けて不満をぶち撒ける。
「あんなかっこいい人と話す機会を、見事に潰してくれちゃって。あなたは当日も来ないんでしょ?
別にいいわよ、約束を守ってくれなくたって。守るって言ってくれたのに。信じてたのに」
「それは」
「守るって言って側にいてくれると思ったのに。いつもいてくれると思った私がバカだったわ」
「故に奇轍を」
「キチョルが来ても来なくても、私の側にいてくれればそれでいいんじゃないの?
来たならそこで追っ払った方が効率的なんじゃない?
それを何?まるで自分の代役みたいに、知らない人を見つけてくるなんて」
「・・・隊長」

幾ら腹を立てているとは云え、ウンスの言葉は過ぎる。
ヨンの苛りの気配を察したチャン・ビンが、静かに声を掛ける。
「当日までに必要な品を用意致します。時間が少ないので、医仙と失礼して宜しいですか」
「待ってよチャン先生、私はまだ」
「行きましょう医仙。時間が足りません」
「ちょっと待ってってば、私はまだ言いたい事が」
「良い機会とおっしゃったでしょう。表に出るにも、市を愉しむにも」

チャン・ビンはあくまでさり気なくウンスとヨンの間に立ち、背後からウンスを扉の方に誘って行く。
二人の姿が扉を抜け、気配が遠ざかり、ウンスの声が聞こえなくなっていく。
初めてヨンは大きく息を吐き、部屋の扉を足早に抜ける。

真平だ。こんな思いは真平だ。
己が攫ったとはいえチャン・ビンの面前で罵倒され。
守るつもりで奇轍を張ろうとすれば、当人から文句を言われ。

判っている。
チャン・ビンがあれ以上の口論を避ける為に部屋を出た事は。
判っている。
ヨニョルは差し出された手にただ仰天してあの顔を見た事は。

他人の事ならこれだけ判る。判らないのは他ならぬ己の心裡。

考えれば考える程沸き上がる苛立ちに、ヨンは唇を噛み締め振り返らずに典医寺の門を走り出た。

 

*****

 

「女の子も必要だと思うの」

突拍子も無い言葉には慣れた。
それなのにこの女人は、常に己の想像の上を行く。

勝手にしろと声も返さず、ヨンは無言で遣り過ごす。

「ねえ、女の子も必要だと思うの。聞いてる?」

知るかと肚裡で怒鳴りはするものの、無言のヨンに業を煮やしたか。
ウンスは薬草を混ぜていた擂鉢を据えた机を、指の爪先で弾き始めた。
「ねえ、いつまで怒ってるわけ?必要だと思うんだってば!」

三度目の呼び出しに、堪忍袋の緒も切れかかっている。
ヨンはその高い声にも頑として声を返さず無視を決め込む。
そんな二人の様子を横目に、チャン・ビンは火にかけた薬缶の中身を攪拌しつつ、思いついたように呟いた。

「隊長」
「・・・何だ」
自分の言葉はすっかり無視したくせに。
チャン・ビンには即答したヨンに、ウンスの険しい視線が当たる。
「今宵役目が引けたら、町へお付き合い頂けますか」
「何故」
「店の看板娘を探しに」
「はい?!」

ヨンの声が返るより先に、ウンスの声が部屋中に響く。
「ちょっと、チャン先生?」
「あの時ご紹介下さった若者は、何といいますか」
「・・・ヨニョルか」
「ではあの方と、隊長と私とで。何しろ見目良い売り子が必要だと医仙の御所望ですから、最高に美しい女人を」

チャン・ビンはそこで手を止めると、ヨンではなくウンスへ目を走らせて言った。
「ヨニョル、あの若者と隊長がいらっしゃれば、さぞ見目良い女人が寄って来るでしょう」
「チャン先生!」
「はい」
「本気じゃないわよね?」
「至極本気です」
「だったら私が見つけてくるわよ。だから先生が手伝って」
「医仙は品物をお作り下さい。今晩は私の代わりに、トギがお手伝いします。
医仙が毎回気軽に出歩いては、隊長も迂達赤も護衛に追い回され気が気ではない」
「・・・もう良い!先生くらいは私のこと、分かってくれると思ったのに!」

ウンスは本気で機嫌を損ねたように、次はチャン・ビンを睨む。
そして手にしていた擂粉木棒を投げ捨てるように乱暴に擂鉢へと放り込み、そのまま部屋を出る。
「隊長」
「・・・お前、どうした」

先刻の言葉では無いが、確かにチャン・ビンは何があろうとウンスの味方だと思っていた。
その両名の突然の仲違いに、ヨンはチャン・ビンの企みを見極めようと首を傾げる。
「医仙とお話をした方が良いのでは」
「話は無い」
「隊長には無くとも、医仙にはおありのようです」
「必要無い」
「いつまでも見て見ぬ振りですか」

含みを持たせたチャン・ビンの声に、ヨンの黒い眸が据わる。
「何が言いたい」
「御二人が余りに素直でないので、私も腹に据え兼ねました」

普段は温厚なチャン・ビンが珍しく声を落とし、ヨンを見詰め返す。
「医仙は隊長と共に居て守って欲しいと、素直におっしゃらない。
隊長は医仙を守る為に徳成府院君を張るのに、医仙に正直にお伝えしない。
ヨニョルとかいう若者を連れて来たのも、ご自分が府院君を見張る間、医仙を守らせる為なのでしょう。
それならそうと、何故おっしゃらないのです」

誰も彼も己の事は見えぬのに、他人のことはよく見通している。
誰も彼も本当にこの心を乱す事ばかり、勝手な事ばかり抜かす。
しかし的を射たチャン・ビンの声に否とは言えず、ヨンは無言で太い息を吐いた。

 

 

 

 

2 件のコメント

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    あらら ウンス へそまげちゃった。
    素直じゃない 二人
    間に挟まれる身にもなって欲しい
    チャン侍医も さすがに限界がきちゃったかー。
    ウンスさまの 言うとおり…に
    一緒に居たいのよねー

  • SECRET: 0
    PASS:
    もう~~
    素直で無い二人なんだから(^^;
    でも、仕方ないですよね。
    拐ったヨンと、拐われたウンス。
    お互いに自分の気持ちを
    認めなく無いですね?
    侍医も気苦労が耐えないですね(^^;

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