2016 再開祭 | 嘉禎・41

 

 

「そう言えば」

女人同士の四方山話の途中、思い出したよう叔母上が顔を上げた。
「槍遣い」
呼ばれたトクマンとチホが東屋の中で声を揃える。

「はい」
叔母上は ああ、と低く唸り
「迂達赤の方だ」
「トクマンです、チェ尚宮様」

合点したトクマンが名乗る。
その声に鼻で息を吐くと、叔母上は鞭のような声を飛ばした。
「この二人が戻った事、まさか再び宮中で吹聴しておるまいな」

吹聴。その言葉に眸を眇め、顔色を変えたトクマンを見遣る。
「し、していません!!もう二度と」
「まあ確かに、あれだけ灸を据えられればな」
呆れたように息を吐くチュンソクの声が続く。

成程な。
「・・・お前か、トクマニ」
「て、大護軍」
冷たいこの声に、額に冷汗を滲ませたトクマンが背を伸ばす。

「お前だったか」
「俺はあの日、大護軍が急いでたのは何故かって尋ねられただけで!
天門が開いたと耳にしたので、そう答えただけで!」
「充分だ」
「しかし、何かしくじったかと訊かれたんですよ!!俺達の大護軍がしくじるはずなんて馬鹿な事、あるはずが無いじゃないですか!!
そんな不名誉な疑いを掛けられるくらいなら、本当の事を」
「・・・もう良い」

判れば良い。理由も己のした事も。冷汗が滲むほど判っていれば。
二度やれば愚かだが、一度は許す。口の軽さは償えばそれで良い。
但し二度とせぬよう、覚えてもらう。
この方の横で腕を組み、低く静かにトクマンへ告げる。

「トクマニ」
「はい!」
「明日から三日四日、碧瀾渡へ行け」
「・・・碧瀾渡、ですか」
「おう」

火薬屋ムソンに声を掛ければ、奴の顔の広さだ。
海苔を獲る漁師の十人や十五人、あっという間に集まろう。
雲丹でも牡蠣でも鰯でも、この方の必要な物を全て集めて来い。
「重要な役目だ」
「はい!!」

怒声でも蹴りでもなく、穏やかな声が飛んだのに安堵したか。
喜々として頷くトクマンに頷き返し、組んだ腕を解く。

夜明けから日暮れまで。
浜と海中を重い樽と投網を担いで往復し、死なん程度に鍛えて来い。
舟を漕ぐなど許さん。樽を頭に遠泳でもして、沖合で漁に勤しめ。
その頭にも体にも叩き込んで来い。口は禍の元だとな。
水泳は全身の筋骨を満遍なく鍛える。ちょうど良い鍛錬だろう。

柱に据えた油灯の許、煽る盃で口元を半ば隠して薄く笑む。
それを見た向いのチュンソクが、深く太く諦めの息を吐く。
「鍛錬と歩哨の当番を、練り直します」
こいつには判っているらしい。この肚、的確に読んでいる。

 

トクマン。お前は一体いつになったら覚えるんだ。
もう何年大護軍の傍に従く事を許されていると思っている。
無言の大護軍の肚裡を読めと、日頃あれ程伝えているのに。

この人はな、そういう人なんだ。
無駄口は一切叩かず、ただ黙して突走る。
医仙を護る為なら地の涯まで共に行く。
医仙を危険に晒す言動は、溜息一つ目配せ一つも容赦はせん。

王様王妃媽媽に心から忠誠を誓っている。
御二人に余計な御心痛を与えぬように。
御二人を悩ませるくらいなら、誰にも伝えず一人で決断する。

そして同じ程、俺達全員を慮って下さる。
俺達を生かす為にあらゆる面倒を負う。
二度と自分が理由で俺達が欠けぬよう、総てに眸を光らせて。

大護軍は此度、迂達赤の密書の中身が露見した事だけが理由で怒っているのではない。
お前は大護軍が直接医仙に伝える前、お二人で相談する前に大事を明かした。
王様が熟考され、王妃媽媽へお伝えする御英断を下される前に御耳に入れた。
ご自分の留守中の攻守の策を授ける前に、俺達を残す事になった事に怒っているんだ。

ご自身の事だけなら、蹴りの一発を見舞って終わりだろう。
だがお前の軽率な一言はこの人が最良の策を練る前に、医仙と王様王妃媽媽を巻き込んだ。

重要な役目だと。
お前は糠喜びしているようだが、どんな役目か考えてみろ。
俺ならとうに平謝りの上、尻尾を巻いて逃げ出す処だ。
この人が本当に怒った時、どんな役目を与えるか読んでみろ。
恐らく二度と口を滑らせぬよう、骨身に沁みて憶えさせる役目が待っているに違いない。

今のうちに、せいぜい喜んでおけ。
次に兵舎に戻って来る時には、暫く足腰が使い物にならんだろう。
ああ。こいつが不在の間、迂達赤の新入りの鍛錬主が一つ空いてしまう。
早急に不在の間の鍛錬の当番と、歩哨の穴を埋めねばならん。

酒を呷る盃の影、大護軍の口許が確りと笑むのが見える。
それを認めて吐いた俺の溜息、そして
「鍛錬と歩哨の当番を、練り直します」
呟いた声に、大護軍の横の医仙が不思議そうに首を傾げる。

 

 

 

 

4 件のコメント

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    さらんさん、おはヨンございます❤️
    トクマン、本当に口は禍の元ですなw
    軽口も程々にって言いたいところだけどもう遅い….
    碧瀾渡で血の滲むような足腰の鍛錬を(ง ˙❥˙ )ง
    ヨンの意図に本人はまだ何も気づいてないようですがねw
    さっすがチュンソク!!
    ヨンの肚を読んで読んで読みまくって12から13年?
    杯で隠した口元のニヤリ顏もしっかり見えているみたいだしさすがですね♪

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    相変わらず、分かっていないトクマン。
    相変わらず、ヨンの肚を読み、ヨンのやりたいことを先に伝えるチュンソク。頼りになる、男。
    トクマン君の失態は、重いのですよ!
    ヨンから命じられた任務?罰?鍛練?
    しっかりこなして、帰ってくるのですよ!

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    あぁ~~
    やっぱり彼だったんですね(^-^;
    トクマン君!
    本当にいつになったら覚えるのよ――
    もって生まれた気性は、なかなかなおりませんから‥
    チュンソクさんも、気苦労が絶えませんね(^^;
    今回の罰仕事で、生まれ変わってくださいませね~(笑)

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