2016 再開祭 | 彫心鏤骨・序章

 

 

【 彫心鏤骨 】

 

 

「・・・ずいぶん落ち着いてるけど」
白い包帯を巻いた姿で、あなたは額に汗を浮かべ此方を見遣る。
「ほんとに大丈夫よね?」
「はい」

肝を据えるしか無かろう。選べる手立ては他に見つからん。
粗末な急拵えの寝台で、その上に横たわるキム侍医が苦く笑うと
「まさに俎板の上の鯉の心境だ」

そう言って俺の脇のこの方へ眼を投げる。
「ウンス殿。麻佛散は使いませんか」
「うん、全身麻酔は負担が大きいから。腕だけの傷なら出来れば局所麻酔でやりたいの。
この人の鍼の腕は確かだと思うし。でも」

包帯を巻いた手が、天界の医療道具を探る。
鋏のようなものをどうにか取り上げると、銀色に尖った刃先で侍医の血塗れの傷口近くを触れる。
「感覚は?」
「・・・いえ。ありません」

キム侍医は首を振り、其処から次に俺を見た。
「チェ・ヨン殿」
「何だ」
「信じております」

信じられても困る。
しかしこの方は利き手が使えず、侍医は腕から血を流し、他に助ける医官が周囲にいるでも無い。
俺の他にこの銀色の小刀を握れる者が無ければ、選ぶ事も出来ん。

「ああ」

自信があるわけでもないのにそう唸り、俺は並んだ天界の医療道具の銀色の輝きに目を移した。

 

*****

 

「ヨンア」

気の早い蝉は梅雨の晴れ間を惜しむよう、青い空の下で歌う。
蝉声の降る木々の間をくぐり、典医寺のあの方の部屋の扉を指先で叩く。

そこから何故か大儀そうに顔を覗かせ、ようやく笑う三日月の瞳。
いつもと違うその様子に、思わず深く眉根が寄る。
「何です」
「え」

挨拶すらせず開口一番問う声に、この方は俺を導くように部屋内へ入っていく。
一歩踏み入りその手を確かめ、そのまま前を歩くこの方の左肩を出来る限り緩く掴んで止める。

緩く掴んだ理由は二つ。 一つはその右の手に巻かれた白い包帯。
そしてもう一つはその怪我で万一左の肩まで痛めていた時の為に。

朝はそんなものはしていなかった。
じゃあねといつも通りこの方は笑顔で両手を振り、俺を見送って下さった。
それがほんの数刻前だ。
「これは」

これ、と眸で示した手を隠すように細い背の後へ回し、この方が誤魔化すように笑む。
「えーっとね、これは」
「はい」
「これは・・・ちょっとケガしちゃった、かな?」
「かな」

俺に問われて判る訳が無い。
「判らないから訊いている」
「ヨンアー、そんな怖い顔するとほら、眉間にシワが」
この方が不器用な動きの左手で。俺の眉間をそっと撫でつける。
その手を掴んで確かめても、殊更目立つ傷はない。では利き手だけか。

「イムジャ」
「うん」
「他の処は」
「ああ、それは全然大丈夫。ほら」
この方はふざけたように、左肩から弧を描くようその腕を振り回して見せる。

「では右は」
「・・・薬湯を煎じてて、手が滑っちゃったの」
回した腕を止めたその声が、尻すぼみに小さく細くなって行く。
心配すると判っているなら、何故最初からもっと落ち着いて下さらんのだ。
顔色を変える俺を慌てて取り成すよう、この方の声が高くなる。

「手だけよ。ただ水疱が出来て、動かしにくいだけ」
「痛みは」
「ちょっとだけ」
「治療は」
「それはキム先生がしてくれたから大丈夫。ただ」

困ったように俺を見上げ、この方は小声で問うた。
「ヨンア、この後少しだけ、時間あったりする?」

 

 

 

 

武人ではあるけれど、頭脳明晰なヨン。
やむにやまれぬ“訳あり”で
手術を執刀することに。

ヨンのメスさばきを見せてください♥ (muuさま)

 

 

3 件のコメント

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    あらま 慌てん坊さん
    火傷しちゃって ヨンが心配するじゃない
    大事な手を… 
    痛まなきゃ ず~と握っていそうだわぁ
    はやく治れ治れって
    ウンスの 遠回しなお願い
    ( ´艸`)

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    此度はヨンの初手術が
    見れるんですね~
    徳興君の腕を切り落とした時に、
    ウンスが、ヨンの腕前に感心してましたよね(^^)
    でも、まさかキム侍医が患者だったとは!
    ヨン。頑張れ~~❤

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    さらんさん♥♥
    リクエストさせて頂いた
    ヨンの外科手術!!!
    いよいよ始まりましたね!
    うきゃ~っ(≧▽≦)
    嬉しいです♥
    ありがとうございます。
    ヨンのことですから、現代に
    来たとしても
    きっと白衣が似合うことでしょう♥
    それに、頭脳はもちろん、器用さに
    かけても、超一流だと思います。
    明日からしばらくの間、
    いつもとはちょっと違うヨンの魅力に
    胸がキュンキュンできるのかあ♥
    ああ…幸せ♥

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