2016再開祭 | 桔梗・拾陸

 

 

二度と泣かせたくない、苦しめたくないと思いながら、再びの邂逅の機会を持たざるを得なかった元凶。
それは俺自身の言葉にある。
生かせと頼んだからこの方は治療した。成桂を救う為ではなく、ただ俺を救う為に。

形式上の顔合わせは済んだ。互いの面目も立った。
これ以上の長居は不要と腰を上げる機会を待つ俺は正面の成桂の視線に気付き、改めてその顔を確かめる。

気の所為だろうか。 若いその男の視線は正面のこの方だけをじっと見つめている。
まるで恋い慕う相手を見るように。逸らそうとしても自分の体が言う事をきかぬというように。
そしてこの方はその視線を無視して、ただ親子を見つめ返す。

あの折俺は教えた筈だ。人の刀を物欲しげに見るなと。
そんな事をすれば痛くもない肚を探られる。
二心があるのか、敵に回るか、奪いに来るかと勘繰られる。

「医仙」
低くこの方へ呼び掛けると、初めてその瞳に色が戻る。
ようやく焦点を結び、俺の眸を見つめ返したこの方を確かめて
「ご体調が優れぬようだ。帰りましょう」

水を向ければ、李 子春は如何にも残念そうに頷いた。
「確かに御顔色が青いようだ。もし宜しければ、改めて」
それでは困る。もう二度とこの親子には会わずに済ませたい。
此処で応じれば李 子春は次の訪いが実現するまで、矢のような催促をするに決まっている。

「医仙様」
上手い言い訳を計ずる俺の前、成桂がこの方へと呼び掛けた。
この方はさも煩わしそうに応える。
「何」
「あの書簡の使い道は、お考えになられましたか」

この方が言葉を返す前に、李 子春が息子を見た。
「成桂。何の事だ、書簡とは」
「私が以前お渡し致しました。双城で命を救って頂いたせめてもの御礼に、何でもおっしゃる事を叶えて差し上げると。
宝玉も金も、受け取って頂けないので」
「おお!」

李 子春はさも嬉し気に両掌を打ち、続いてこの方へと頷いた。
「そなたにしては良く気が付いた。医仙。御所望の物が見つかった暁にはどうか何でもおっしゃって下され。
成桂で叶えられぬならばこれをご縁に、儂が必ず叶えさせて頂きますぞ」
「・・・書簡・・・」

この方は何を思い付いたか口の中で小さく呟くと、続いて俺へと小さな掌を差し出した。
「ヨンア、あれちょうだい?」
「・・・は」
「書。昨日の書。私が書いたでしょ、持ってる?」
「あの家」

家訓かと確かめようとした俺に、この方は小さく首を振る。
言うなという訳だ。しかし判らぬ。何故言ってはならぬのか。
まして大切な家訓を記した紙を、一体何にお使いなのか。
懐から取り出した書を引手繰るよう奪い取り、この方はそれを卓の上に広げて示す。
李 子春親子は向かいからそれを覗き込み、さも不思議そうに首を傾げた。

「医仙様、これは一体・・・」
「天界の文字です」
「天界の」

途端に二人は食い入るように、その不思議な形の文字を改めて確かめる。
「これが文字でございますか」
「初めて拝見するな。一体何と書いてあるのか」
「成功の秘訣が書いてあります。誠実に本質に向き合え」

成功の秘訣とは何の事だ。柳家の家訓ではなかったのか。昨日伺った話とは違う。
一体何を考えているのか判らず黙り込んで成り行きを見守る俺の前、この方は少なくとも表面上は堂々たる態度だ。
李 成桂親子は初めて見る文字に興奮しきり、この方の手蹟を感心したように矯めつ眇めつ眺めている。

「素晴らしい」
「ですから」
この方はそれを親子の方へ押し出すと、李 成桂の顔を凝視したまま声を続けた。
「李 成桂さん、これを差し上げます。失くさないで下さい。代々受け継いでほしいの。とても珍しいものだから」
「勿論でございます、医仙様」

成桂は書面を受け取ると丁寧に畳み直し、かき抱くように胸に押し当てた。
「何があろうと決して失くしたり致しませぬ。子々孫々、李家の家宝と致します」
「それから、お願いが」
「どうぞ、何なりとおっしゃって下さい」
「これを崔瑩の妻から受け取ったと分かるように、どこかに書いてほしいの。
そうすれば李 成桂さんが天人と繋がってたって、誰でもすぐ分かるでしょう?」
「大護軍の御名まで記して宜しいのですか」
「ええ、もちろん。絶対に書いて、残してちょうだい」

李 子春は慌てて卓上の硯箱を開け、磨る刻すら惜しいというような様子で慌てて墨を磨る。
そして磨り上がった薄墨に李 成桂が筆を浸し、天界の文字の横

奉到 大護軍崔瑩贵夫人 医仙女士

そう書いて此方に示した。
「これで宜しいでしょうか」
漢文の得意でないこの方は、正しいのかと視線で尋ねる。
贵夫人とは随分と大仰だと咽喉の奥で嗤いを殺し、俺は黙って頷き返す。
ようやく安堵したようにこの方は成桂へと頷くと
「絶対に失くさないで」

そう念を押し用は澄んだとばかり、椅子から素早く腰を上げた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    家訓の書簡がそのような…
    使い方
    とっさの思いつきで 言っちゃった。(笑)
    書いてある意味がわかる日は
    いつかな? ソンゲ。
    それから
    物欲しげな目を お止めなさい!

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