2016再開祭 | Advent Calendar・17

 

 

コーヒーテーブルの上に放っておいたスマホが震えた午後2時。
窓から差し込む明るい日差しは、雪の反射でなお白い。

読んでいた本から目を上げて震える機器を取り上げる。
発信者表示を確かめて、急いで画面をスワイプする。
「書記官」
「集音先が判った」

前置きもなく電話の向こうから告げられる。それ以外に書記官から連絡がある理由もないだろう。俺は
「はい」
とだけ短く頷いた。
「どこですか」
「直接の方が良いだろう。来られるか?」
「判りました。1430には到着します」

そのまま電話を切る。選択の余地はない。何しろ敵が判らなければ守り方も判らない。
スマホを握って立ち上がり、彼女の眠る部屋のドアを確認する。
往診を頼んだ医者が診察と共にインフルエンザの簡易チェックを終え
「発熱から12時間以上経過しているようなので、インフルエンザは陰性です。ただし急に容体が変わるなら、必ずすぐに連絡を」
そう言い残して帰って行ったのが昼近く。

碌に食欲のなさそうなクォン・ユジが昼飯を終えて薬を飲み、横になるのを見届けてから部屋を出た。
それ以降、部屋に特に動きはない。
今行くべきなのは判っているが、彼女を連れては行けない。インフルエンザではないとしても、高熱を出している。
一人にする事も出来ない。体調も、そしてガードも心配だ。

握ったスマホの画面を操作し、次に一件電話を掛ける。
借りを作るのは性に合わないが、そもそもの今回の話を持ちかけた、あの尊敬すべき無意識のトラブル・メイカー。
「おう、テウ。どうした。何かあったか」

ワンコールで出てくれたという事は、それ程忙しくはないだろう。
それだけを期待しながら、電話の向こうの人を俺は呼んだ。
「頼みがあるんです、先輩」

 

*****

 

アポイントメントの威力はすごい。
俺単独の登庁だった事もあり、保安室で足止めを喰う事もなくまっすぐ事務官室まで通される。
「書記官」
「よく来た。掛けなさい」

秘書に迎え入れられた部屋の奥。
もう一枚の扉を開けて一礼すると、座っていた捜査書記官が立ち上がって促した。
「ありがとうございます」

そう言って前回と同じ、書記官のデスクの向かいに腰を下ろす。
「集音先は」
「今、コーヒーでも運ばせよう」

書記官は何事もなかったように、小さく頷いて言った。
・・・聞こえなかった筈がない。そしてこの人の多忙さは同じ部門の俺自身が何より知っている。
俺と差し向かいでゆっくりコーヒーを飲むようなタイプの上司とは、程遠い人だ。
「書記官」

デスクの上のインターフォンでコーヒーを持って来るように告げる書記官がそのコールを切った瞬間に、待てずに声を上げる。
「クォン・ユジさんが体調を崩しています。申し訳ないのですが、早急に戻らないと」

しかし書記官はデスク上で両手の指を組むと、無言で俺を見るだけだった。
「キム事務官」
「・・・はい」
「彼女の処遇は青瓦台に任せた」
「は?」
「集音先は青瓦台でも、韓国内でもなかった」

嫌な音を立てて胸の隅が軋む。
「何処です」
「今、君の自宅に」
「集音先は何処ですか」
「事務官、青瓦台職員が君の自宅に彼女を保護しに向かっている」
「書記官」

韓国ではなかった。では?
真先に浮かぶのは北朝鮮。サイバー攻撃はお手の物だ。
中国。THAAD設置決定以来、韓国との国交は停滞している。
青瓦台の情報なら今の情勢で、喉から手が出るほど欲しいか。
しかし彼女がそこまで有益な情報を握っているとは思えない。
持っているのはあくまでも、あの日の大統領の動向だけだ。
悲劇であり人災だが、外交上特にそれぞれの国にとって大問題とは思えないのに。

「書記官」
もう一度呼ぶ俺にしらを切るのも限界と思ったか、書記官は静かに言った。
「アメリカだ」
「・・・システム経由地ではなく?」

何故アメリカが、あの日の情報を欲しがるのか理解出来ない。
集音地を探知しにくいように経由しているだけではないのか。
しかし書記官はもう済んだ話と言わんばかりに平然とした顔で、デスクのこちらの俺を冷静な視線で見つめるだけだ。

「外交カードの一つだろう。我が国の玉虫外交を苦々しく思っている事は明確だ。
公式発表に信憑性はない。相手が変わる毎にトップの言う事が変わるようではな。
まして次期大統領選も含め、この先の状況も全く不透明だ。
しかし敵国になるまでには至らず、両国間には他国のように表だって我が国を非難する材料もない」
「だから売り渡すのですか」
「キム事務官」
「青瓦台に彼女を売り渡すのですか」
「落ち着け。それが彼女の」
「書記官」

最後にそう言って立ち上がる。これ以上聞いている場合じゃない。
彼女が寝ている。熱は高く、体調は最悪だ。
「ありがとうございました。失礼します」
「キム事務官、待ちたまえ!」

これでもし俺の首が飛ぶとしても。それでも。
「自分は休暇中ですので」

一杯食わされた。誘き出された。彼女を一人置いて。
いや、もうこうなれば医者の往診も何もかも信用できない。
何処まで情報が筒抜けだったのかも。
何処までが青瓦台の、何処までがアメリカの、そして何処までが国情院の計画だったのかも。

今日が見納めになっても後悔はない。
目の前の書記官に一礼し部屋を横切り、偉そうな分厚い扉を開く。
その途端、扉前の秘書の女性と正面衝突しそうになって身を躱す。
いくら信用できない人間ばかりとはいえ、彼女に罪はない。
湯気を立てるコーヒーをかぶって火傷されるなんて御免だ。

そのまま書記官室を飛び出す俺の後ろ、開いたままの扉から
「キム事務官!」
と、最後の書記官の声が追って来た。
その声を無視し、白く冷たい長い廊下を俺は全速力で駆け出した。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    クォン・ユジさんの今まで閉じていたのかもしれない感情が、テウと会ってすっと開放されたのかな?いい傾向だななんて勝手に思っていたら、周りは結構えらいことになっていたんですね。息をつめて見守っています。大丈夫!大丈夫!雪のシロクマも見守っているよ!二人とも頑張って!

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