2016 再開祭 | 気魂合競・廿壱

 

 

あの方の治療を受けた男は一礼を残し、酒楼を出て行った。
何れにせよあの男と共に参加した奴らの誰かとこの後ぶつかる。
取組全て終わるまで、互いに余計な事は知らぬ方が良い。

後になって何方かが手心を加えたのではと痛くもない腹を探られれば不愉快だ。
そう考え、敢えて引き留めはしなかった。

直に四戦目が始まるというのに、愚図愚図と酒楼の庭隅で考えに耽る。
見上げた晴れ空が、あの頃の草原の上に広がった蒼穹の色に似ていた。

托克托は文に認めていた。敵の敵は味方。故に俺に預ける。

奴の真の敵はあの頃刃を交えた者らでなく、思ったよりも身近にいたのだろう。
俺を味方と呼ぶのなら俺の敵、即ち高麗の敵である倭寇か元こそ奴の敵だった。

しかし倭寇如きが元に対し、一国の将軍であり討伐軍を率いる力を持った托克托を捕らえ、処刑させるなど出来ようもない。

つまり奴の敵は元だった。
元国内、それも皇帝トゴン・テムルのごく近くにいたのだ。
その耳に将軍を捕らえ、殺めるよう諫言出来る距離に。
若しくはトゴン・テムル自身が敵だったのかもしれん。

故に奴は自身の戦士を国内に残したくなかった。
己亡き後、戦士も同じ目に遭うと危ぶんだのか。

あの日角力大会の抗議の為に拝謁に伺った康安殿で、王様は王妃媽媽と並んでおっしゃった。

─── 思わぬ拾い物もあるかも知れぬぞ。

これが拾い物か。市井の角力大会の裏でこんな大事になるとは。
「何をしておる」
座り込む乾いた土に伸びる影に眸を上げると、其処に立つ叔母上は呆れたように此方を見下ろした。
「考え事だ」

見下ろされるのは性に合わぬ。立ち上がった俺と二歩半離れて並び東屋へと歩く叔母上に
「知っていたのか」
尋ねると、叔母上は答の代わりに
「運の強い男だな、お主は」
とだけ言った。
「知っていたのか。元の内情も、托克托の一件も、戦士が高麗に潜伏している事も」
「知るわけがなかろう。畏れ多くも王様も王妃媽媽もご存じないはずだ。これは正真正銘の偶然」

得心のいかぬ思いで、曖昧に咽喉で唸る。
賞金。賞品の米。
何れも国を離れ言葉も判らず、不自由な暮らしをしておろう戦士を誘き出す絶好の餌に思えた。

俺を担ぎ出すならば、あの方という餌を投げる以外にはない。
それを見越し俺と会わせる為に全て仕組んだのかと思ったが。
本当に全て偶然なのであれば、あの簫吹きの名将軍の執念か。
「本当に偶然なのか」
「疑い深い男だな。お主相手に面倒な出任せなど言わぬわ」

憮然として吐き捨てた叔母上の声に、血は争えぬと密かに笑う。
叔母上は俺の片頬笑いに、怪しげなものを見るよう目を眇めた。

 

*****

 

四十余りまで減った参加者、その兵の殆どは何処かで見憶えのある顔だった。
周囲を十重二十重に囲む人垣の中で全員が並べられ、一名ずつの名が審判長によって朗々と読み上げられる。
まるで見世物扱いだ。

迂達赤で残るのはチュンソク、トクマン、そして非番の丙丁組を除いた参加者のうちの八人。
何れも甲乙組の組頭、副組頭と実力者。俺を含め合計十と一人。
残っておらねば大会の後、死ぬ程の鍛錬の憂き目に遭ったろう。
そして禁軍からはアン・ジェと副組長を始めとした五名。
どいつも鷹揚や龍虎の鍛錬で顔を憶えている。それなりの遣い手が順当に残った。

最後にヒド。残り二十と三人の中に幾人の托克托の戦士、そして手裏房がおるかは判らん。
此処からは互いに総当たりになる。 最も多く残っている迂達赤はその分不利だろう。
互いがぶつかり潰し合わざるを得ん。
それぞれの得手も不得手も、攻め方も守り方もよく知っている。

取組に敗れた男らも加わり、観戦の人垣が膨れ上がっている。
会場の数箇所で行った取組も、数が減った四戦目から一箇所に絞るらしい。

点在し各々取組の仕切りをしていた審判も全員集い、賑やかだった祭の雰囲気は物々しく変わっていた。
その雰囲気が伝わるのか、残った奴らの表情も引き締まっている。

考えが甘かったかも知れん。
あの方を無事に取り返せれば、他の事などどうでも良かった。
他の参加者が此処まで真剣とも、その中に托克托からの最期の命を受けた戦士らが残っているとも夢にも思わなかった。

人垣を眸で探すとあの方は少し白い頬で、不安気に俺だけを見ていた。
その横には敬姫様と侍女殿を挟み叔母上とタウンが、そしてトギとテマンの姿もある。
背後にはコムが立ち、人垣に押されぬよう大きな体で盾になっている。

あの方は視線に気付くとそんな不安はなかったかのよう、大きな笑みを浮かべ、小さな拳を頬の脇で上下に振りながら紅い唇を動かした。

が ん ば れ !!

一先ず怪我は負わぬ事、そして相手に負わせぬ事。
此処まで上がった以上それ以外に注意すべき事もない。
その無言の声援に少し下げた目尻だけで頷き返す。

四戦で二十人。五戦で十人。六戦で五人になれば其処から戦法が変わるのか。
角力は二人ずつが組まねばならん。
考えても仕方ない。どの男と当たろうとぶちのめすまで。
四十人全員を相手にするわけではない。当たってせいぜい残り四人、五人というところだろう。

頭でざっと数えつつ、初めて対戦相手になる周囲の男らを見廻して気付く。
其処に並ぶ男全員が互いに他を一切見ず、俺だけを見詰めている事を。

成程、あの方の強張った笑みの理由が判った。
人垣から、そして参加者の男らから、注がれる衆人環視の真中で俺は小さく肩を竦めた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

6 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    さっさと片付けて…って
    思ってたのに
    なんだか頭が疲れそうな…
    勝って ウンスを独り占め!
    で、終わらない(泣)
    心配顔のウンス
    安心させたげてー。
    ヨンVS勝ち残り組
    こんなの見たら 不安になるわぁ

  • SECRET: 0
    PASS:
    トクトの部下まで紛れ込むとは。単なる余興?のような角力大会にわざわざ将軍の妻を景品に大仰な・・と思ったのですが、こうなると話は違ってくる、恐らくもうこの世にいない好敵手の強い部下をゲットする、チェ尚宮の言うとおりの強運、ということになります。元は滅亡前の混乱期でしょうか。いや最初から陰謀と暗殺の怖い国だった^^;奇皇后でもトゴンテムルが側近中の側近に毒を盛られてたし。。。最後は勝てるのかな。勝てなきゃ妻をもっていかれるもんね~www

  • SECRET: 0
    PASS:
    こんにちは、ヨンは、負ける男じゃあ無い !ウンスの為にも負け無いでしょう‼そして水分補給なさって下さいネッ。熱中症に、食中毒にも気を付けて下さいネッ。くれぐれも無理無く怪我無く過ごして下さい。

  • SECRET: 0
    PASS:
    大会にはいいもわるいも裏がある…強面の作り笑顔のウンス…その周りの何重にもある防波堤…凄い(゜д゜)何となくでイメージしてスゲー…(((((((・・;)の内心一言です(^_^;)ヨンアもですがみんなも頑張れ(^^)v

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です