2016 再開祭 | 石蕗・中篇

 

 

早々に役目を終えたとはいえ、陽は中天に差し掛かっている。
陽の下の開京城下の市の中。

せめて気晴らしをして欲しい。だからこそ市まで出向いたのに。
鳶色の瞳は市の店先の品でなく、何故か俺ばかりを追っている。

「決まりましたか」
「うーん、まだ」

それでもあなたが笑っている。眸を下げれば必ず視線が合う。
そんな小さな事だけで、これ程までに倖せで。

雑踏をそぞろ歩き、最初の角で足を止める。
「目ぼしいものは」
「うーん、まだ」
「・・・はい」

探す気はあるのだろうか。こんなにも唯俺の顔だけを見ていて。
俺は並んで歩ければ良いが、この方は買い物がしたい筈だろう。

「疲れていませんか」
「ううん、全然?まだ歩き始めたばっかりじゃない」
その声を信じ、もう一度ゆるりと市を歩き出す。

「イムジャ」
「はい、隊長?」
「あの衣は」

明るい朱華に白絹袷の襟の胡風の女人の長衣。
この方の紅い髪の色に映えそうなそれを指す。

見立てた衣に飛び付くかと思ったこの方は嬉しそうにその衣を見、そして俺を見上げて首を傾げた。
「私に似合いそう?」

首を傾げた拍子に流れる亜麻色の髪。その髪に似合いそうだ。
女人の衣など見立てた事のない俺に、自信がある訳もない。
否とも応とも言えず、ただあなたを見るしか。

そしてあなたは無言の俺に笑い、再び大路を歩き出す。

隣の店の奥に掛かる二藍の浮文様の織の絹衣。この方の鳶色の瞳に映えそうなそれを指せば
「あれも似合いそう?」

何なんだ。 欲しいとも言わず、買えともねだらず。
ただ俺の指す衣を見ては、嬉し気に瞳を輝かせ笑い続けるだけで。
あの時あれこれ欲しいと言った筈だ。だからこそ銭の革袋を懐に此処まで来たのに。
「ねえ隊長、似合いそう?」

あなたとこうして往来で見つめ合う為に出て来た訳ではない。
道に立ち止まった俺達を避けるように、雑踏の流れが割れる。
まるで急流の中州に取り残されたよう周囲を人が流れて行く。
「・・・行きましょう」
我に返り歩き出す。まだ先は長い。市の中を歩き出せばあなたは笑って俺に添う。

柔らかそうな絹張の錦繍を施した沓。絹と同じ色の刺繍なら好きだろうか。
無言で指せばあなたは笑って
「見る目があるのね。私もシンプルなのが好き」
褒めてしても、買う気は無いらしい。

胸帯に下げる宝玉と絹組紐の飾り物。その鮮やかな彩ならば気に入るのか。
あなたはしかし俺を見上げて
「あら。ノリゲって、高麗の頃からあったのね」

次の角まで来て再び足を止める。考えたくはないが、からかわれたのだろうか。
その瞳を覗き込むと、この方はにこりと笑み返す。
「買い物に来たのでは」
「うん、そうよ」
「全て気に入りませんか」
「全部すごくキレイだった。気に入らないとか、そうじゃなくて」

あなたは紅い唇を引き結んで、向かい合う俺に小さく言った。

「お腹がすきました、隊長」

 

*****

 

向かい合う饅頭屋の卓、まだ陽は高い。
それでもいつまでも当所なく歩かせる訳にはいかん。
「隊長」
「・・・はい」
「付き合ってくれてありがとう」

この方は嬉しそうに卓向うから言った。
「私の好きそうなものを、一生懸命探してくれてるでしょ」

当然だろう。嫌いなものを探して如何する。
「あなたが私の事、考えてくれてるのを見るのが嬉しいの」

買い物に連れ出さねば判らんのだろうか。
何処に居ろうといつでも考えている。頭から離れる事などないのに。

あなたは言った。私のお守りは大変よ。

本当にそうだ。言われたとおりだった。

運ばれて来る湯気を立てる饅頭を見て、この方は今日一番嬉し気に小さな手を叩く。
この方の好きな物。この方の、好きな物。好きな色、好きな景色。
そうだ、まだまだ知らぬ事ばかりだ。

正面から尋ねた事など無かった。ただ影から見ているだけだった。
あなたが此方を見ようと見まいと、気付こうと気付くまいと。
俺はこの心が命じ足の赴くまま、追い駆けているだけだった。

何が好きなのだろう。何を考えているのだろう。
唯一つだけ判るのは、この方は俺の為に笑い、俺の為に泣く事だ。
泣かせぬにはどうすれば良いのだ。笑わせるには何をすれば良い。
何故、この土壇場になってから気付くのだろう。

俺はまだあなたを知らない。そして知りたい事が多過ぎる。
何故これ程遠回りをしたのだろう。答はずっと判っていたのに。

「あなたが好きなものをたくさん知りたいの。だから今日は一緒にいられて、それだけですごく楽しい」
その顔ほども大きい、湯気を立てる饅頭にかぶりついたあなたが笑っている。

俺の好きな物。今更訊かねば判らんか。
こうして向かい合い改めて尋ねる事か。
この世の何より大切なもの。何を失くしても喪いたくないもの。
この世に一つしかなく、決して市などでは買えぬもの。

気付けばその大切なものが、不思議そうに此方を見ている。
咳払いで視線を躱し、明後日の方を向いて問う。
「・・・では、買い物は良いのですか」

俺の声にこの方は決然と首を伸ばし、饅頭片手に首を振る。
「何言ってるの?これからに決まってるじゃない!!」

 

 

 

 

4 件のコメント

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    ヨンには(世の男性には) 
    ウインドウショッピングの楽しさは わからないかな?
    ただ 一緒に歩いて 同じものを見て
    お互いのことを考えながら~ 過ごす時間は
    幸せで~ 楽しい時間
    買うの? 買わないの? そんなの関係ないのよ~
    ( ´艸`) 
    ウンスも高麗に来て 一番楽しんでる
    ヨンだっていい顔してるでしょ♥

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    さすがウンス!
    そう買い物はこれからですもの~( ̄0 ̄;)
    まずは腹ごしらえでしょ♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
    〆はマンボ姐のクッパ!
    ヨンは両手一杯のウンスの買い物の風呂敷もちだわあよ~(*´ー`*)

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    さらんさん。今晩わ。石蕗・中編の為のコメント欄なのにすみません。何と、閉じられて見れなかった前のお話が幾つか読めるではないですか?ありがとうございます。目が冴えました。もう全部読み返すまで眠りません‼︎嬉しくて涙が出てます…。

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    さらん様
    ああ、ウンス楽しそうです(≧∇≦)
    大好きな買い物に、隊長と二人っきりで♪
    ウンスが好きそうなものを隊長が一生懸命探してくれてるだけで♪
    「どこでもいいわ(あなたと一緒なら♪)」どころではないです(≧∇≦)
    あなたと一緒に、大好きな買い物で、大好きなお饅頭まで食べてるんですもの♪
    至福の時ですね(≧∇≦)

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