2016 再開祭 | 天界顛末記・壱

 

 

「近寄り過ぎてはなりません、副隊長」
「しかし今止めねば」
「良師、ついて来い!」
「ナウリ」

四人の交錯する声が風の中で途切れ途切れに響く。
神医を連れて来るという王命に従い天門に入ったチェ・ヨンの姿を見た者は、四人の中ではチュンソクのみだった。

一体どう入るのか。
あの時チェ・ヨンは真直ぐ蒼白い光の中へと進み、その姿は自分達の目前で煙のように溶けて見えなくなった。

その風景を思い出したチュンソクは風の中、奇轍を光の方向へ進ませまいと、光と奇轍の間に素早く回り込む。
良師の毒と奇轍の氷功を警戒したチャン・ビンが、仁王立ちのチュンソクの横に並ぶ。

「止まれ、奇轍!!」
「邪魔立てするな!」
奇轍が上げた掌から、氷功の白い冷気が立ち上る。
良師は毒で援護しようと上衣の袖へ手を差し入れる。
だが吹き付ける風の所為で、下手に毒を用いれば己に害が及びそうだと思うと、使う事が出来ない。

「お前如きが私の足を止められる訳が無い!其処を退け!」
「副隊長、離れて下さい!」

奇轍の一喝に握っていた剣を抜く。
チャン・ビンの指示通り一振分の距離を取ったチュンソクに、奇轍の掌が迫る。
「副隊長!」
「止まれ!」
「退け!」
「王命だ、退けん!」
「邪魔だ!!」

じわじわと奇轍に圧され後退るチュンソク。横を守り良師を警戒するチャン・ビン。
周囲を考えず突き進む奇轍も、仕方なくその脇に従う良師も。 誰も知らなかった。

何処まで近寄ればその天門に呑まれるのか。

次の瞬間、四人の男の姿は光の中、煙のように搔き消えた。

 

*****

 

< Day 1 >

 

気の所為だったのだろうか。

大層硬い、土とは明らかに違う硬さの地面に放り出されて首を振る。

目の前で弾け飛ぶあらゆる色、瞬く間に流れるような、永遠に止まるような形を持たぬ色彩の河。
上下も判らぬ渦の中を揉まれ、気付けば硬い地面にしたたか膝を打っていた。

だからこそこれだけは判る。こんなに痛いのだ、夢ではない。
ようやく立ち上がり、揺れる頭を抑えつつ
「・・・御医、無事ですか」
視界の隅にチャン御医の長衣の裾を見つけて声を掛けると、御医も足許をふらつかせ硬い地面に立ち上がる。

「ええ。何とか」
「・・・此処は・・・」
目前の白い光は、高麗の天門で見たものとは比べ物にならぬ弱さ。
それでもどうにか光っている事は判ると、今吐き出された光を確かめ周囲を見渡し。

見渡して、そのまま息を止める。

俺は勘違いをしていた。天門の光が弱まったのではない。
そうではなくて、周囲があまりに明るすぎるのだ。

空を見上げれば天まで届くような、真白い弥勒菩薩像。
高麗のあの天門の石祠とは比べ物にもならん。

今は夜の筈だ。弥勒菩薩の頭上に広がる薄暗い空、ぼんやりした銀色の三日月らしきものが見える。
その空も、月も、見慣れたものとはあまりにも違う。色も輪郭も。
夜だと言うなら、雨も降らず雲も広がっておらん夜空なら、ならば星は何処だ。
晴れた夜には一面砂を撒いたように、必ず見える筈の星は。

「副隊長」
「・・・はい」
「まずは冷静に・・・」
御医の声も珍しく、語尾が微かに震えている。
「しかし御医、此処は」
「恐らく、て」
「此処だ!!!」

その時響く、余りにも場にそぐわぬ絶叫に思わず背後を振り返る。
「此処だ!!!此処こそ医仙の天界だ、天界に違いない!!!」
「な、ナウリ」
「天界だ、医仙の言葉には何一つ偽りなど無かった!!見よ、良師!!!」

・・・気が触れたのだろうか。俺達から少し離れた固い地に放り出されていた奇轍が叫ぶ。
そしてその地面に俯せに大の字で横たわり、両掌で地を叩く。

「こんな地面を見た事があるか。土でもない、石でもない!これは何だ、何で出来ているのだ。
あの空を見よ、あの雲より高い箱は何だ、あの限りない光は何だ!
此処が天界でなくば、一体何処だというのだ!!!」

大の字から地に座り込み、空を見上げ、周囲の木々の奥の天まで届く箱の列を指し、奇轍の絶叫は続く。
「この仏像は何だ、何故これ程明るいのだ!!見よ良師、お前が妖魔扱いした医仙のおっしゃった通りではないか!!
この世とは違う処から来た、そうおっしゃっていたではないか!!お前はあの方に何と無礼な事を!!」

・・・今まで散々無礼を働いたのはお前だろうと、俺は心で呟く。
御医も、そして無礼者扱いされた奇轍の下僕も同じ事を思っておろう事は、それぞれの顔を見れば手に取るように判る。

「行くぞ良師!!」
好き放題の絶叫が収まると、奇轍が突然立ち上がる。
「き、奇轍!」
「煩い迂達赤!お前たちは勝手に帰れば良い、そこの天門からな!!」
そう叫ぶと奇轍は薄暗い空の下、弥勒像前の広場を闇雲に駆け出す。
「奇轍、待て!!」
「ナウリ!!」

走って追い駆けるべきか、この状況を整理すべきか。
瞬時の迷いが遅れを生んだ。
慌てて伸ばした俺の指先を擦り抜け、奇轍とそして下僕の毒遣いの姿は、境内の闇に紛れて消えた。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    夢の天界へうえるかむ!
    キチョルは好奇心旺盛で
    どこでも行けそう オマケは離れないわね。
    さて… チュンソク~ 
    あいつら 見失うと 厄介よね
    侍医と協力してがんばって~

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    なんだか、これからの展開に
    ドキドキ、ワクワクです(^^)
    現代で、大丈夫かなぁ?
    事件起こしそう?
    お話、本当に楽しみです(//∇//)

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