2016 再開祭 | 孟春・結篇(終)

 

 

「お答え下さい。俺が悪いのですか」
顎を上げもう一度尋ねた俺に、この方は口火を切った。

「そうじゃない!そんなこと思ってるわけじゃない。熱出してるのに気が付かなかった私が悪い。
ううん、悪いんじゃなく悔しかったの。ちゃんと脈診してるつもりなのに、どうして先に気が付けなかったのかって悔しい。
発熱や咳の症状が出てから脈を読めば、変わってて当然だわ。そんなのシロウトだって分かる。
その前に気付くべきなのよ。それが韓方で言う”未病”って状態なんだし、それが出来ない自分に腹が立った。
だからせめてお粥だけでも作りたかったのよ」

だから厭なのだ。あなたが自分を責めるのも、挽回しようと追い詰めるのも。
それが理由で無断で俺から三歩以上離れるのも、黙って置いて行かれるのも。
たかが体が怠い程度で大事ではないと判っている。
そんな事で天界の暦を拵えるほど楽しみにしていた休暇に、出立前から水を差すのが厭わしかった。
それでもこうして咳が出るだけで自分を責める姿を見るならば、一体俺は如何すれば良い。

「判れば神だ」
「私は神になりたいのよ。神医になりたい。あなたに何かあるのは本当に、ほんっとにイヤなのよ。
ううん、イヤなだけじゃなくて怖いのよ」
「では」

正月早々の口論は真平だ。
互いに待ち侘びた休暇、こんな下らぬ些末事に費やす為に取った訳ではない。

「無言で離れず、必ずおっしゃって下さい」
俺の譲歩にも、この方は頑なに首を振る。
「声をかけたらヨンアは必ず起きてついて来るでしょ。ゆっくり寝て欲しいのに」
「当然です」
「それがイヤ。離れても寝ててほしいの。体調が悪いのも、正直に言ってくれなかったじゃない」

医官も言っていた。この方が部屋を出た途端に俺が目覚めたと。
寝て居ろうが居るまいが、あなたが動けば心の何処かで警笛が鳴る。
それは兵の慣わしだから、今更如何にも変えようがない。
そんな事を互いに繰り返せば身が持たん。ならば二人の間の則を拵えていくしかない。

「・・・判りました」
この方が御自分を責めるのが厭なら。そしてこの方が俺を案じ続ける以上。
「気付けばお伝えする。此度は本当に気付かなかっただけで」
「・・・そうなの?」
「もし気付けば、あなたは出立を延ばしたでしょう」
「当然じゃない。休みなんてまたいつでも取れるわ!」
「正直にお伝えします。ですから」
「怒ったりしないわよ。あなたさえ元気なら、ずっと家にいたっていいんだから。2人でいられればどこだっていいの」
「ご自分を責めず、無理せず、無断で離れず」
「私、そんな事した?いつ?」

・・・自覚すらないのか。丸い目でいつ、と訊き返されれば、今だと怒鳴ってやりたくなる。

「無理せぬように、何か気付けば直ぐお伝えします」
「そうしてくれる?本当に?約束してくれる?」
「はい」
「じゃあ私は、取りあえず・・・声を掛けるように努力はする」
「はい」

満足な返答に頷くと、あなたは平然と声を続けた。
「でも、約束はできないわ」
「イムジャ!」

話が違おう。俺が此処まで譲っているのに。
頷いた途端反故にされた誓いに、思わず鋭い声が上がる。
あなたは何処吹く風とばかりに平然と受け流し、笑みを浮かべて俺を見上げている。
「だって私はあなたの主治医だから。あなたに悪影響だと思えば、どれほど望まれても出来ない事もある。それを分かってくれる?」
「無理です」
「じゃあいつまでたっても、このまんま平行線じゃないの!」
「ええ」

その手の中の椀を取り上げると、器は思ったよりも熱かった。
寒さの中で手を温めるには良いのか、それとも熱さを堪えて持ち続けていたのか。
そんな些細な事で心配になる。それも判らぬこの方は本当に。
「黙って従って下さい」
「あなたこそ患者なら、患者らしくしてよ!」
「無理です」
「どうしてそんなに石頭なわけ?最初に言ったでしょ、私のお守は大変よって。自分でうんって言ったんだから、あきらめてよ!」

そうか、此処で今更そんな言質を持ち出すわけか。
「皇宮では従います。旅先は別の話だ」
「それを詭弁って言うのよ、どこだって一緒じゃない!私たちのことなんだから!ヨンアこそ、どうして私の言うことを判ってくれないわけ?」

一を頼めば十の反論が返る。一を望めば十の献身が返る。
一体俺に如何しろと言うんだ。俺はただ。

「愛しているので」

あなたの反論の根源は判っている。同じなのだと。だから衝突しあうのだ。互いに一歩も譲れずに。
しかしそれでは大切な刻の無駄だろう。俺はあなたの笑顔が見たいし、あなたも同じだろうから。
「・・・ひ、ひどい」

同じと信じたのに、あなたは唖然とした顔で俺を見上げた。
まさか違うのか。その肚をまたしても読み違えたのか。
顔色を読もうと覗き込んだ視線の先、俺の眸を睨んだあなたは廊下の真中、小さな両足を踏張って叫んだ。
「こんな時に今この場でその言葉を使うわけ?それを言われたら私、何も言えないじゃない!知ってるくせに!」

負けん気の強いあなたのようやく掲げた白旗。喧嘩に負けた幼子のような悔しそうな赤い頬。
この天界の言の葉こそ俺の何よりの特効薬であり、減らず口を閉じさせる無双の一手であり。
頑固なあなたの肩の力を抜く、温宮の湯よりも遥かに温かく、尽きる不安のない湯でもある。

してやったりと肚裡で笑み、俺は熱い椀を手にもう一方の掌で細く小さな背をそっと押す。
「でも・・・だけど」
背を押されたあなたは悔しそうに唇を噛んだ後、それでも諦めきれぬのか

「でもそれでも、私はヨンアの主治医なんだから!聞けない時も聞けないことも、あるんだから!」

そう言って急に廊下を駆けだした。
口喧嘩に負けた子供が、最後の捨て台詞を吐くように。

あなたが作った大切な粥が零れたらどうしてくれようか。
それでも三歩以上は離れない。眸の前にさえいればそれで良い。
椀を持っても駆けるあなたより、後を追う俺の足の方が速い。
だから逃げられるなどという、甘い期待は捨てて欲しい。
しかし椀を抱えたまま脛を蹴られるのは勘弁だ。
廊下を駆けていくあなたから敢えて二歩離れ、俺はゆっくりとその背を追った。

 

 

【 2016 再開祭 | 孟春 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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