2016 再開祭 | 玉散氷刃・廿伍

 

 

偏にウンス、そしてあの無辜の赤子。
公卿の罪は罪として、しかし誰より輝いて生きる者には勝てぬ。

ウンスに乞うた時に己は決めた。共に居てくれるなら、命の限り護る。
だから帰らずに済んだ時、答を聞かせてくれぬかと。

それが全ての答。決めたのだ。ウンスの為なら命を懸けると。

ウンスが止めてと泣いているのに、どうして公卿を罪に問える。
見えぬ目で赤子が見詰めているのに、どうして父を罪人に出来る。

王を謀り反逆の大罪に問われても悔いはない。
そして罪に問う事が却って好都合な事もある。

チェ・ヨンは覚悟を決め、最後の芝居に打って出る。
「表に出た医仙を匿った罪」
「表にいる間は休息の場も必要だろう。邸を提供したのは罪とは言えぬ」
「医仙を私欲にて利用した罪」
「確かに、それは一理あるが・・・」
「己の地位を利用し医仙を動かす事、罷りなりませぬ王様。
許せば再び徳成府院君のような輩が横行致します」
「あの時とは違う。私欲とはいえ、妻の為であろう。まして医仙を無理に連れ出し危険な目に遭わせたり、命を脅かした訳でもない。
公卿の立場もある。重罪には問えぬ」
「・・・・・・は」

無理に連れ出し危険な目に遭わせた訳ではない。
そうだ。己の選択は、結局王にそう判断された。
そしてそうでなければ、己の計算は無為に帰す。
軽微な罪。
獄にぶち込まれるでも、無論死を賜るでもなく、ただ開京から離れられる程度の罪。

公卿が妻子と共に母親の手の届かぬ処まで離れる事。
この男はそうでもせねば、永遠にその呪縛から逃れる事は出来ぬ。
それがチェ・ヨンの結論だった。

「しかし、確かに」
貝のように口を閉ざしたチェ・ヨンを慮り、王は床上のオク公卿へ振り向いた。

「私的に動かしたとは思わぬが、確かに周囲からはそのように受け取られ兼ねぬ。
大護軍の此度の進言は、余の忠臣よりの貴重な訓戒と思うが良い」
「大護軍・・・」

オク公卿は囲む迂達赤に睨まれながら、目を潤ませ震えていた。
王はそれを怯えと受け取ったか、僅かに憐憫の籠る視線で泣き顔の公卿を見た。

「そなたは官位を笠に着るような振舞いをする者ではないと思っておったが、一体どうした事だ」
「王様・・・」
「何かあったのか。細君の治療は医仙を信じてお任せすれば良い。王妃もそれで良くなっておる」
「・・・王様。小臣は、医仙を」

その瞬間。
我慢できなくなったウンスは、侍医が止める隙もあらばこそ勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。
「違うんです、王様。私のせいです。奥様がご体調が悪かった時、オク公卿を不安にさせるような事をお伝えしてしまったんです」

突然話に割り込まれ、王と公卿が同時にウンスを振り返る。
その視線を受けて、ウンスは何度も頷いた。

「私の世界ではたとえほんの少しでも危険性があれば、きちんと説明しないといけないんです。
それが後々医療裁・・・ああ、ええととにかく、患者さんにいろいろな話をします。それで、公卿様にお伝えしたんです。
もしかしたら生まれた赤ちゃんがちょっと小さかったり、きちんとおっぱいを飲むまでに少し時間がかかるかもしれませんって。
それで公卿様はとても心配になってしまったんです。だから私を」

ウンスの声に王は何とも複雑な表情を浮かべた。
政敵が誰一人居らぬ宣任殿で、気が緩んだのかもしれない。
羨ましさと、そして同情と。そんな表情に見えるとチェ・ヨンは思った。

「オク公卿。父親であれば無理からぬ事だ」
「・・・王様」
「恥ずべき事ではない。しかし医仙に頼むのであらば典医寺を通じ正式な手順を踏むべきであった。大護軍の憂慮にも一理ある」
「医仙・・・大護軍」
「故に」

王は部屋の面々を一頻り見廻した後、チェ・ヨンを見て頷いた。
「細君の体が癒え次第、暫し開京を離れよ。海豊郡使がちょうど高齢にて役を辞すため、後任を探しておる。開京は目と鼻の先だ。
然程不便もなかろう。子が伸び伸びと育つにも良い。頃合いを見て、また開京に戻す日も来る。務めてみぬか」
「王様、小臣にそのような」
「不満であるか」

首を振る公卿に、心外だという顔で王は聞いた。
「とんでもない事でございます、王様。この身に余る御聖恩です。小臣にそのような大恩を頂戴する資格など」
「ああ、もう良い。それほど己を責めるでない。親心が行き過ぎただけなのであろう」

王には残酷な話だったのかもしれぬと、今になってチェ・ヨンはようやく思い至る。
成り行き上とはいえ、子を授かり父になったばかりの公卿とのこうした遣り取りは。

「御医、医仙」
「はい、王様」
「オク公卿の細君は、どれ程で床を離れられるのか」
「腹の傷が塞がるまで十日。その後も暫し無理はなりませぬ」
「そうであろうな・・・」

王はひと時口を閉ざした後に、心を決めたように言い放つ。
「では猶予を持ち、来月末には海豊郡使として発つが良い。後ほど改めて宣旨を発する」
これで話は終いだと言わぬばかりに王はそのまま階を戻り、玉座へ掛け直すと一堂に頷いた。

「大護軍」
「は」
「この話の広まらぬように。煩方の耳にでも入り、在らぬ誤解を生むのは芳しくない」
「は」
頷いたチェ・ヨンを確かめ、王の目は次に典医寺の二人に向く。

「御医、医仙」
「はい王様」
「公卿の細君の治療に当たっては、よしなに頼む」
「畏まりました」
最後に王は口端を下げて微笑むと、公卿へ向けて言った。

「オク公卿」
「はい、王様」
「子を大切にせよ」

王の声にオク公卿は言葉もないまま、ただ深く項垂れた。
伏せたままの顔から落ちた滴が、床の上に雨のように降った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    王様、ありがとうございます。
    ヨン、ありがとう。
    ウンス、ありがとう。
    侍医、ありがとう。
    迂達赤さん、ありがとう。
    胸がいっぱいです。
    王様にも、幸せな時がきますように…

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