2016再開祭 | Advent Calendar・6

 

 

立ち上がったクォン・ユジの足許に倒して置いたスーツケース。
彼女が居場所を転々としている間の荷物が詰まっているだろうスーツケースを、半ば奪うように預かって持つ。
「持ちましょう」
「あ、大丈夫です!重くないし自分で持てます」
「いえ。持たせて下さい」

女性に荷物を持たせないなどという騎士道精神とは程遠い理由。
いざという時、彼女の方が走るのは遅いだろう。身軽でいるに越した事はない。まして雪道では。
そして予想外の攻撃を受けた時、このサイズのスーツケースなら攻撃を躱す盾にも、相手を殴る武器にもなり得る。

そんな俺達の遣り取りを、何故か先輩は嬉しそうに眺めている。
揃って店を出て朝より烈しさを増した雪の中、カフェの前で先輩に頷くと、横のクォン・ユジも深々と頭を下げた。
「連絡します、先輩」
「無理するなよ、テウ」

ここまで巻き込んでおいて、今更そう言われても。
苦笑する俺に続いて、クォン・ユジは雪の寒さに頬を紅くしながら先輩へと笑い掛けた。
「本当にお世話になりました。ありがとうございました。奥様にもお子さん方にも、お礼をお伝え下さい。
きちんとご挨拶できずに、本当に申しわけありませんと」
「落ち着いたらまた来て下さい。今度は本当に遊びに。こいつが一緒なら大丈夫です。私も出来る限り協力しますから」
「はい!」

雪の中で手袋を嵌めた手を振ると、先輩はそのまま歩き出す。
その背が遠くなるのとは反対方向に俺が歩き出すと、最後に先輩の背にもう一度深々と頭を下げて、クォン・ユジが駆け寄って来た。
「どこに行くんですか?」
「暖かい場所へ」

それ以上は何も言わず雪の中を歩く俺に、彼女は小さく首を捻る。
敢えてタクシーは使わない。
雪でダイヤの狂った典型的な公共機関、バスを使って自宅へ戻る。
それも家から離れた停留所で降り、そこから雪の中を歩いて。

これで何もなければそれで良い。そして何か起きたら、俺は責任を取れるだろうか。
雪の中の住宅街、白い息を吐きながら俺を見上げる視線。
「テウさん」
「はい」
「あの・・・」

それ以上何か話そうとする彼女に、唇の前で指を立て黙るようにと合図する。
彼女はただ歩く俺の横、目的地も知らずに黙ってついて来る。

ほどなく雪の中に見えて来た自宅の建物。
最初に入り口のオートロックを解除し建物内へと入る。
エレベータに乗り部屋のあるフロアで降り、そのまま部屋前まで。

部屋のドアキーのロックカバーを押し上げ、指先で暗証番号を押す俺を、三日月の目が追っている。
ロックの外れた電子音が響く中、廊下に置いていたクォン・ユジのスーツケースを牽いて、開いたドアから中へと入る。
ドアの中の俺を困ったように見て、玄関先の彼女は同じ言葉を繰り返す。
「あの・・・」

何も言わずに掌だけ、入って下さいと示すよう部屋の中へ向ける。
クォン・ユジはそれ以上何も訊かずおずおずと玄関内へ入り、そこで靴を脱ぐと、俺に続いて部屋へ入った。
こうして客を迎えるのは本当に久々だとようやく気付く。
最後に来たのはウンス。コンピュータと格闘した、ウォルフ黒点と天門の動きを捜し続けた夜。

あの朝を思い出させる、窓の外の景色を白く染め上げる雪。
しかし今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
さっきは部屋の内側を示した掌で今度はリビングのカウチを示し、俺は無言でベッドルームへ入る。
次に歩み寄った壁に備え付けの、クロゼットの扉を開ける。
中から取り出したのは、警察に在籍時代から使い慣れている盗聴器発見機。

居場所を突き射止めるだけならGPSで数十秒。
現れるまで数か月かかるなら、相手が警戒するのは彼女の居場所ではなく、情報の漏洩。
漏洩を確認し続けるなら、盗聴器の可能性の方が高い。

相手が何度も部屋に侵入の必要な録音式の盗聴器を仕掛けるには、手間もリスクも大きすぎる。
しかし発見の比較的容易なFM周波の盗聴器などと、子供騙しなものを仕掛けるとも思えない。
可能性が高いのはUHFやVHF周波数帯を使用する盗聴器。それなら専用の発見機が必要だ。
発見機を手にリビングへ戻り、さっきの会話を思い出す。

最初の数か月は良いんです。でもしばらくすると、また。

という事は仕掛けたとすれば荷物の中。荷ほどきをし、盗聴器が音を拾えるようになってから。
部屋の清掃なり、周囲の会話なりを手掛かりに居場所を突き止めては、再び現れるとするなら。

身近な物、例えばスマホに仕掛ければ盗聴は容易だろう。今は盗聴専用のアプリもある時代だ。
その代わり身近過ぎるが故に、発見も早いと考えているなら。
考え過ぎだろうか。それでも用心に越した事はない。
発見機を手にリビングへ戻ると、出て来た俺にカウチから腰を浮かせたクォン・ユジ。

彼女の動きを手で制し、運び込んでリビングの入口に置いたスーツケースをなぞるように、発見機をゆっくり滑らせていく。
特に反応はない。とすれば、中身のどこか。
蓋を開け、畳んでしまった服や身の回りの生活用品を詰めた袋を一つずつ取り出しては、同じようになぞっていく。

反応があったのは、冬服のダウンコートのポケット辺りをなぞっていた時だった。
緑から赤へと発見機のデジタル盤の色が変わる。そのデジタル盤に表示されていた数値が上昇して行く。

迷わずコートを手に取りダウンのキルティングを指先で確認する。
強く反応したキルティングの区切りを丁寧に探ると、やがて指先にダウンとは違う硬い感触。
無言のまま立ち上がり、寝室へいったん戻ってデスクからナイフを持って戻る。
ダウンコートのキルティングの縫い目を丁寧に一目ずつ、刃先で断ち切っていく。

切り取り終わると零れ落ちる羽毛の中から出て来る、薄く小さな黒っぽい機械。
あったと息を吐き、それを手に立ち上がる。
このまま踏み潰す事は簡単だが、音声や周波が途切れれば却って相手を刺激するかもしれない。
ひとまず厳重に三重にしたビニール袋に入れる。
袋の口を固く結わき、そのまま広口のビンに入れて蓋を閉じ、ベランダへと持って行く。

吹き込む雪が薄く積もるベランダの片隅にビンを置き、ようやく安心して息を吐く。
環境BGM代わりに、鳥の声と雪の音だけ聞いてろ。
これだけ密閉したら、それもなかなか拾えないだろうが。

 

 

 

 

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