2016 再開祭 | 玉散氷刃・拾肆

 

 

「待ってヨンア、お願い。旦那さんにまだ聞きたい事がある」

チェ・ヨンとオク公卿の間に立ち塞がり、ウンスは懸命に首を振る。
思わぬ声に救いに来た筈のウンスの心中を図り兼ね、チェ・ヨンが怪訝な顔で呼び掛ける。

「イ・・・医仙」
「大護軍!」
「こちらでしたか、大護軍」
「医仙!」

石欄干の目印を見つけたらしきトクマンを先頭に、市井を探していた迂達赤丙組の精鋭の面々が足音を立て、部屋へなだれ込んで来た。

「兄上」
もう一人の男が呼び掛ける中、トクマンらの姿を見て諦めもついたか、それとも抵抗など最初からする積りもなかったか。
オク公卿は寧ろ憑き物が落ちたような穏やかな表情で、その男に笑ってみせる。

「後を頼むぞ」
「いけません、私では。拐したのは私です。罰なら私が」
兄であろうオク公卿より一回り大きな体のその男が首を振る。
これが手裏房の言っていた弟かと、チェ・ヨンは目星をつけた。
典医寺で女薬員が見かけた影というのも、ウンスを担いだこの男に間違いはなかろう。

何れにせよこの方は無事だった。赤子が父なし子になる事もない。
チェ・ヨンは息を吐き、この場を収めようと言った。
「まずはオク公卿のみ。御令弟には追って沙汰が」

その声にトクマンがオク公卿の横に添い、引立てるよう歩き出す。
しかしオク公卿はチェ・ヨンへ振り返ると首を振る。
「大護軍、それは違う。弟は私に従っただけだ。何の咎もない」
「兄上、おやめ下さい」
「ああああ、シャラーーップ!!」

張り上げたウンスの大きな声に、男らの動きが止まる。

水を打ったように静まった部屋の中、顔には出さぬまま誰よりも驚いているのはチェ・ヨン自身だった。

昨夜から行方を晦ましたウンスを捜し、ようやく見つけ出した。
一刻も早く拐しの一味を捕えて、牢でも何処でもぶち込みたい。
己自身で無事を確かめ再会を喜び、労りたいと思っているのに。
今のウンスの意識はチェ・ヨンより、明らかに目前のオク公卿兄弟に向いている。

部屋中の視線を集め、両足を踏張ったウンスはオク公卿を指した。
「旦那さん!」
「・・・何であろうか、医仙」
「子供を産んでもらったら困るって、どういう事ですか?」
「それは、我が家の」
「兄上!」
「弟さんはまず黙って。後で聞きます!」

ウンスはびしりと言うと、トクマンの横のオク公卿へ向かい合う。

「いい?困るって、今このタイミングで言うこと?産ませない為に私を誘拐したの?
そんなことしたらお腹の中の赤ちゃんはもちろんだけど、奥さんの命が危ないんですよ。
それは、前にキム先生も交えた面談で、きちんと伝えましたよね?」
「仰る通りだ」
「困るって言ったって、もう何週間かしたら生まれるの。今さら困るなら、生まれてくる子はどうなるの?!
どっちも死んでほしいから、私を誘拐したの?!」
「医仙」

さすがに部屋内には迂達赤も控えている。
罪を犯したとはいえ、名門貴族の内情まで暴露するのはウンスにとって災いの元だと、チェ・ヨンが窘めた。
「親鞠は王様が。一先ず」
「だってどうするの?もう生まれるのよ?!」
「ですから」

チェ・ヨンはウンスを宥めながら、トクマンに向けて罪人を連れて行けと視線で命じる。
トクマンはウンスの剣幕を呆然と見ていたが、チェ・ヨンの視線に慌てて頷き返すと、丙組を伴って部屋を後にした。

「あ、ちょっと待ってよ、待ちなさい!まだ話は!」
「参りましょう」

後を追い駆けそうなウンスの細い肩を掌で包み、最後にチェ・ヨンは扉口で部屋の中に振り向く。
一人其処に青い顔で立ち尽くす、オク公卿の弟に向かい
「改めて伺う」

その声に肩を落とし、先刻までウンスが座っていた椅子に座り込む姿を確かめて、チェ・ヨンは踵を返すと部屋を出た。

「どうするの?あの旦那さんどうなるの、ヨンア?」
チェ・ヨンの大きな掌で逃がさないよう肩を抱かれ、その歩みに従いながら、ウンスは横のチェ・ヨンを仰ぐ。
しかしその口から心配の詫びも、助けた礼も、再会の喜びの言葉一つも出て来ない。
チェ・ヨンは無言でウンスの背負う桃色の包の結び目を解くと、己の背に負い直す。

俺の事は良い。再会を喜ばぬのは、この方も故あっての事だろう。
先刻の叫び声を聞けば推察できる。あのオク公卿が、身重で臨月の妻の子が要らぬと言ったのだ。
この方が激昂するのも無理はない。

無理に己を得心させて、最後に包の橋を固く結わえ、今一度横のウンスを確かめる。
こうして肩を抱けば掌に伝わる温みはいつものウンスのものだと、チェ・ヨンはようやく安堵した。
横を歩く様子を見ても、怪我を負った気配はない。
その弾むような足取りもいつもと何ら変わらない。
まずはそれを喜ぶべきだろう。

髪の毛一筋でもウンスに傷をつけていれば、あの場でトクマンに素直に引き渡したりはしなかった。
そう思いながらチェ・ヨンは不安げなウンスに応える。
「典医寺への侵入。医仙の拐し。罪は重い」
「でも死刑になったり、しないわよね?まさか」
「其処までは。相手も高官故」

肩を抱いたまま邸門を抜ける。
門前にチュンソクとテマンが人待ち顔で立っているのを見たチェ・ヨンが目を眇め、ウンスの肩から掌を下ろす。
「大護軍!う、医仙!」
「お疲れさまでした。御無事で良かった」
駆け寄った二人の声に迎えられ、張り詰めていた緊張が解ける。同時に、
「医仙、ああの、奥さんが産気づいて、しらせが迂達赤に」

テマンの声にチェ・ヨンが肩を抱き直す間もなく、ウンスは一目散に走り出した。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    あららら
    公卿がためらう理由もわからないまま
    お産が始まっちゃった。
    もう止められないし
    無事に産まれてくることだけに
    集中しなくちゃね
    久々 背負うのはやっぱり ピンクの風呂敷
    ( ̄▽+ ̄*)

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