2016 再開祭 | 孟春 外伝・結 後篇(終)

 

 

薄明りの廊下を駆け抜ける。
並ぶ兵らが驚いたように急いで頭を下げる。
その顔の何処にも疚しい気配は微塵もない。

最後に部屋の扉を守る兵が頭を下げ
「お戻りですか」
と声を掛けた。

「医仙は」
「お部屋からお出にならず」
「部屋に入った者は」
「どなたもおいでになっておりません」

息を弾ませ血相を変えた俺に、最後にその兵は不安げに尋ねた。
「何かありましたか、大護軍」

まさかお前らが信用出来んから慌てて戻ったなどとは言えぬ。
黙って顎を振ると息を整え、
「此処は一人で良い。頃合いを見て順に夜食を取れ」

そう残し扉を開ける俺に、何も知らぬ兵らは嬉しそうな声で
「ありがとうございます!」
と頭を下げ直した。

 

*****

 

「あれ?」
足音を立て部屋に踏み込めば、亜麻色の長い髪が振り向いた。
細い指に先刻運ばれたあの豪勢な皿に盛られた菓子を持って。
「どうしたの、ヨンア。そんなに慌てて」

本当に、この方はどこにいても変わらない。
俺より遥かに平常心で、何が欲しいのかを判っている。

俺はそのまま近付いて、この方の横の椅子に腰を下ろした。
「イムジャ」
「うん」

その頬に散った糖蜜の欠片を見つけ、この指先で拭うてもう一度呼び掛ける。
「・・・イムジャ」
「あ、ついてた?ありがとう」

この方は俺の心配事など全く知らぬげに、暢気に礼を言うと
「もしかして、欲しい?」
俺と菓子を比べ見た後、指に摘まんだ齧りかけの菓子を此方に向け差し出す。

「はい、あーん」

・・・俺は菓子など好まぬし、欲しい訳でもない。
それでもそう言って口を開けたあなたに釣られ、思わず口を開ける。
細い指先から落とされる塊。口で溶けて拡がる甘さ。

「イムジャ」
「どうしたの?」

この方にも俺の態度のおかしさは伝わったらしい。
指先の蜜を紅い舌で舐め取りながら、鳶色の瞳が金の燭台の光に揺れた。

こんな無防備な姿が他の男の目に触れる。
たとえ相手が俺に心酔する兵でも。実直に役目を果たす者でも。
迂達赤ですら信用せぬ俺が、如何して他の男を信用出来るのだ。

あの年嵩の尚宮に踊らされている。それは判っている。
だから女人は恐ろしいのだ。
刀もなしに的確に狙いすまし、俺の急所を突いて来る。

「・・・気に入りましたか」
「はい?」
菓子の甘さの残る舌で、あなたに向けて問うてみる。
「この部屋も、夕餉も」
「もちろん!」

そうだ、この方は若い兵程よく喰うし、豪奢な部屋も好きなのだ。
そして素直で、俺のようにややこしく捻って考え込んだりもせぬ。
好きかと聞かれれば好きだと答え、だからと言ってそれに意地汚く拘ったりもせぬ。
その素直さを眩しく思い、けれど身についた慣わしが邪魔をする。

起きもせぬ事を一歩先に考え、最悪に備える俺こそ面倒なのだ。
最善の策は単純に出来ている。誰より判っているつもりだったのに。

俺が椅子から腰を浮かすと、この方も慌てたように立ち上がる。
その顔をじっと見てから、俺は静かにお伝えした。

「二度はありません」
「なにが?」
「・・・此処に逗留させて頂きます。飯も尚宮の言う通り部屋へ運んで喰いましょう」
「ほんとに?!」
「はい」
「本当にそれでいいの?!」
「はい」

&途端に機嫌を直したあなたが、きゃあと叫んでしがみ付いて来る。
胸に落ちる温かさだけで男として満足出来る俺も、やはり単純に出来ている。

「じゃあ、お風呂に入りたい!いい?」
俺にしがみ付いたまま、あなたは弾む声で尋ねる。
「どうぞ」
「その後、一緒に散歩もしたい!」
「風邪を得ます」
「ちゃんと温かくするから!ね?ね?!」
「・・・判りました」
「ありがとう、ヨンア!」

その礼をお伝えすべきお相手は、畏くも王様と王妃媽媽だ。
それでも腕の中から心底嬉しそうに言われれば、己が良い事をした気分になる。
「嬉しい。どうしよう、何しようか」
「何でも」
「何でも?ほんとに?一緒にしてくれるの?ほんとに?」
「はい」

決めた以上は二言はない。何でもしよう。せめて此処にいる間は。
あなたがしたい事、好きな事、楽しい事。その為に取った休暇だ。
亜麻色の髪を撫でると瞳を細め、あなたは胸に擦り寄り上機嫌の声で言った。

「じゃあまず、一緒にお風呂に入りたい」
「・・・・・・・・・は?」
「何でもって言ってくれた!言ってくれたよね?ね?ね?!」

確かにこの口が吐いた。今しがたの己の決意が恨めしい。
答は常に簡単だと、鳶色の瞳を見て決めた心が恨めしい。
この方は素直過ぎるのだ。したい事はしたいと口にする。

「ヨンア?」
「・・・まず、散歩から」
「えー!先にお風呂がいいの!あなたも汗かいたでしょ?昨日から船の移動やらでお風呂に入ってないのよ。
散歩するならキレイにして行きたいの。せっかくあなたと2人っきりなんだもの」

この方のおっしゃる事は正論だ。気持ちも判る。
看病の為に船に治療部屋に駆けずり回り疲れてもいるだろう。
慣れぬ温宮の水刺房の厨で粥を焚き、煤で汚れもしただろう。

入りたいのだろう。入るべきなのか。いや。
では入りたくないのか。それは本心か。

答は簡単に出来ていると思ったばかりの肚裡に並ぶ、面倒な御託。
期待に満ちた瞳で見上げるこの方を抱き、俺は茫然と立ち尽くす。

 

 

【 2016 再開祭 | 孟春 外伝 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    糖蜜のお菓子、甘くておいしかったでしょ。
    甘い物嫌いなヨンも、ウンスのかじりかけのお菓子を、あ~ん…して口に入れてもらっちゃったね。
    何でもしてあげるって約束したよ。
    だ・か・ら ・・
    ウンスと一緒にお風呂入らなきゃ♪
    あ~~ぁ、ごちそうさまー!!

  • SECRET: 0
    PASS:
    とどのつまり
    ウンス独り占めになる
    嬉しいような… 恥ずかしいような…
    疚しいなかでもあるまいし(笑)
    堂々と、混浴♥
    お散歩行けるかしら
    (艸*>3<*)∵ぷっ のぼせないでね(笑)

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