2016 再開祭 ｜ 三角草・後篇 〈 参 〉

「チャンヒ。今日は絵を描こうか？」

「今日はおもちゃを持って来たの。これで私と一緒に遊んでくれるかな？」

指人形の後も、キム先生が調合した薬草と一緒にいろいろな物を持っては、チャンヒのところに押しかける。
チャンヒは断ったり嫌がったりすることはなく、いつも笑って私を受け入れてくれる。

ただあの時の言葉。
遊んでる最中にどれだけ誘導しても、何がイヤなのか、それだけは絶対に教えてくれなかった。

そして最初の異変は、通い始めて2週間後に起きた。

いつもみたいに遊んでいる時、チャンヒの顔が急に強張った。
すぐに気付いて、その手首の脈を取る。
「チャンヒ、鼻から思いっきり息を吸える？」
でも始まった発作にパニック状態なのか、チャンヒは首を振ってしまう。それなら。

「チャンヒ、うーーーんって、ここと」
片手で脈を取ったまま、空いた片手を胸部に置いて場所を意識してもらう。
「それからここ」
そのまま手を腹部に移動し、
「ここに力を入れて息を止めて、思いっきり力いっぱい、いきんでみて」

バルサルバ手技、ダメなら、もしくは万一失神すれば次は頚動脈洞マッサージ。
そう思いながらまずは息こらえをガイドする。
「ガマンして･･･もうちょっと･･･ガマンできなくなったら思い切り息を吐いて！」

一気に息を吐いたのを確認したところで
「上手よ。もう一度、頑張れる？」
かけた私の声に、チャンヒは無言のままで頷いた。

目の前で発生から確認した初発作の後に、落ち着いて眠り始めたチャンヒをそのままに部屋の扉を静かに閉める。

QOLが阻害されるレベルでないことを祈ってたけど、前回の発作から2週間。呼吸のガイドに従えない状態。
私が通って来られる時はいい。バルサルバ手技を本人が覚えれば、発作に対する一時しのぎにはなる。

でも飲んでいる薬湯に効果があるのか。飲み始めて2週間してもまだ発作が起きている。
そして私の中で、発作性上室頻拍の患者への第一選択はあくまでカテーテルアブレーション。

21世紀なら2時間足らずの手術で通常の生活を送れるのにと思うと、グチは言いたくないけれど悔しくなる。
このまま年齢があがって、発作が落ち着くって保証は出来ない。
命を落とすことはなくてもQOLが損なわれたまま、万一これが他の深刻な病気を誘発すれば。

「お母さん」
小間物屋の店先でお客さんに対応していたのが終わるまで待って、小さく声をかける。
部屋の中で眠ってるチャンヒにバレないように。
「少しだけお話してもいいですか」
「はい、奥方様」
「チャンヒは食事をしていませんよね」
「え」

え？
え、って何だろう。だけどお母さんは質問に首を振って
「確かに私が朝から晩まで忙しいので一緒にはいてやれませんが、用意はしています。
椀はいつも洗って片付いて･･･食べてないんですか、あの子」

計画的だ。聞けば聞くほど。

イヤなんです。

拒食症だけでもいろいろな要因がある。
無理に食べさせることが負担になって逆効果かもと、来るたびに知らない振りで何かしら用意したけど、無理に食べさせはしなかった。

私の前では食べている姿を見ている。手にも嘔吐ダコに類似した外傷はない。
口腔内や歯列の状態を見ても、特に無理に食べて嘔吐している様子は見られないのに。
「お母さん。食事のことチャンヒに黙っててください。知らないフリをしててください、今は。お願いします」
「は、はい」
「今日は帰ります。また来ます」
「どうもありがとうございます。でも奥方様、無理はなさらず」
「はい、また後で、こないだの先生と伺うかもしれません」

小間物屋さんの店先から、典医寺に帰るために歩き出す。

イヤなんです。

何が？自分の外見が？
それなら今までの芸術療法で、外見に関する項目に障害の反応がないのは何故？

キム先生は言った。神仙労。神経性無食欲症、AN、アノレキシア。
呼び方なんてどうでもいい。何かのきっかけで好転する可能性のある神経性の摂食障害なら。
だけどパーソナリティ障害の部分症状でない時は。
宗教上の断食、カロリー制限による健康長寿の信念、政治抗議のストライキみたいなものなら。

イヤなんです。

もしそれが発作性上室性頻拍で起きる肉体的な症状の辛さがイヤ、それから逃げたいという意味なら？
今の彼女の行動は、終末期治療におけるVSEDみたいなもの？
そんなに深刻な病状じゃない、投薬や治療ですぐに治るのに。

チャンヒの家に通っている間に、いつの間にか冬が始まっていた。

眩しい開京の道を、白い息を弾ませて皇宮へ駆け出す。

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