2016 再開祭 | 待雪草・前篇

 

 

手渡された文を握り締めて兵舎へ駆け戻り、吹抜けの中を見渡した。
未だ生木段に腰掛けたままだった大護軍の許へ駆けつけ、無言でそれを差し出す。
息が乱れるのは焦りの所為か、駆けて来た所為か。

ハナ殿の安否も無論心配だ。そして誰よりその安否を案じているであろうキョンヒ様の事も。
大護軍は無言で差し出した文と俺とを見比べて
「何故」
と心底怪訝な声で呟いた。

おっしゃる通りだ。
儀賓大監からの急使が呼び出したのは俺なのに、戻って来て文を突き出されれば不思議に思われて当然だろう。
他人の内情には極力踏み込みたがらぬ人だ。噂話を忌み嫌うし、ご自身の話も全くしない。
俺宛の文など読みたくもなかろうし、読む気にもならんだろう。だが今の状況、頼れるのは大護軍を置いていない。

真直ぐに大護軍を見る視線と唯ならぬ俺の顔色を見て取ったのか。
文を差し出したままの俺を一瞥し、それを受け取った大護軍は開いて目を通し、眉を顰めて舌を打つ。
「チュンソク」
「は」
「俺も行く」
「大護軍」

キョンヒ様からの文の手蹟は、その心と同じほど震えていた。
ハナ殿が昨日家を出で、今朝になっても戻らぬと短く記された文。

昨日今日と晴れているのが救いだが、真冬には変わりない。この時節、山に入って一晩戻って来ぬとなれば命の保証もできん。
それは幼子にも判る。キョンヒ様とて無論ご存じだろう。姉同様の乳姉妹が山中で一晩。その心中は察して余りある。

「お前、昨夜は」
文を畳んで生木の段から勢い良く腰を上げ、大護軍が吹抜けの扉に向けて歩き出す。
俺は慌ててその半歩後に従いた。
「歩哨でした。御宅には伺っておりません」
「昨夜のうちに敬姫様から文は」
「受けていません」
「・・・帰りを待ったか」

独り言のように呟くと、大護軍は俺の逆の背後に従くテマンに眸を投げた。
「テマナ」
「はい!」
「山に入る。支度をして来い」
「はい、大護軍!」
テマンは頷くと、一目散に自室の方へと駆けて行った。
確かに山歩きであれば、テマンの右に出る者はいない。

「一先ずハナ殿の件はテマンに任せろ。奴で探し出せねば」
「大護軍、隊長!!」

その時聞こえた大声に、俺と大護軍は足を止め同時に背後を振り向いた。
そこには茫然とした顔で、トクマンが立っていた。
「ハナ殿が、どうか」
「気にするな」

儀賓大監の外聞を重んじたか、噂が広まるのを考えたか、大護軍は言葉を濁す。
「大護軍」
「大護軍が今おっしゃったろう、トクマニ。気にするな」
「隊長!」

奴は今にも噛みつきそうな顔で、俺達に向けて駆けて来た。
「ハナ殿に、何かあったのですか」
あったといえばひと騒動だ。しかし何もなかったと言えば嘘だ。
返答に窮し、俺は視線で大護軍に助けを求める。大護軍は無表情でトクマンを見ると
「あろうとなかろうと」

それだけ言ってそのまま扉から出ようとする。
その時トクマンは止める間もなく俺の脇をすり抜けると、事もあろうに先を急ぐ大護軍の前に両手を広げて立ち塞がった。
「トクマニ!」
後先考えぬ無謀な暴挙に、俺は思わず怒鳴る。
誰であろうと大護軍の前を塞ぐなど赦されん。まして我ら迂達赤が。
しかし奴も覚悟の上なのだろう。怒鳴る俺に小さく頭を下げてから、その目が正面の大護軍を真直ぐに見つめた。
「大護軍、教えて下さい。何があったんですか」
「退け」
「大護軍」
「構う間はない!」
「大護軍、教えてもらえないならせめて、俺も一緒に連れて行って下さい。お願いです!」

大護軍の大きな掌で肩を突かれても一歩も譲らず真青に強張った顔で叫ぶ男に、さしもの大護軍も声を失い奴の顔を凝視した。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    キョンヒ様 さぞかし心配してるでしょうね
    そんなキョンヒ様を チュンソクも心配
    こんな時頼るのは やっぱり 大護軍
    このことが ウンスの耳に入れば
    ウンスも心配するものね
    トクマンだって ほの字のハナさんの事となったら
    いてもたってもいられない

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