2016 再開祭 | 眠りの森・捌

 

 

酒楼の奥の間、向かい合うマンボと師叔は口を開かない。
いつもであれば此方が煩いと怒鳴る程に喋りづめの二人が、無言で俺を見ている。

「何だ」
「聞きてえのはこっちだぞ、ヨンア」
たった一言発しただけで、不機嫌極まりない師叔の棘だらけの声が飛んで来た。
「おめえが王の犬だって豚だって構わねえよ。俺にとっちゃ兄者の弟子、兄の子といやぁ甥っ子同然だ。
おめえが可愛いし、心配だ。でもな、手裏房が情報屋だからって売れるもんと売れねえもんがあんだよ」
「師叔」

挟んだ卓に身を乗り出して呼ぶと、師叔は拳で卓を叩いた。
その勢いで卓上の互いの手許の椀が揺れ、中身の酒が跳ねる。

「兄者、もういいからちっとは落ち着きなよ。ヨンアだってわざとあたし達を怒らせたいわけじゃないんだから」
険悪な空気を取成すようなマンボの珍しい気遣いの声にも、師叔は続いて毒を吐く。

「おめえも甘ったるいな。わざとじゃなきゃ何を言っても良いってか」
「あたしがそんなこと、いつ言ったんだい!」
「言ってるじゃねえか、ヨンアを庇いやがって」
「おい」

情報が売れぬというなら構わん。
調べた上で売れぬという言うなら、それは手裏房の領域だ。
師叔とマンボが詰まらぬ諍いを起こす必要など何処にもない。
思わず口を挟んだ俺に、師叔の鋭い目が向いた。

「良いか、迂達赤のお偉いさんよ」
そんな風に他人行儀に呼ばれるのは初めてで、どれ程腹を立てておるのかを改めて突き付けられる。

「倭寇を庇ってるわけじゃねえよ。ただな。人にはそれぞれ事情もありゃ気持ちもあんだ。
それを無視して白黒つけようとすんじゃねえって言ってんだ」
「甘ったるいのは兄者の方だろうが!」
「マンボ」
黙っていられずに再び口を挟んだマンボを眸で諫める。
此方も心底肚を立てたように俺を睨み返し太い息を吐き、床で胡坐を組み直す。

一体何なんだ。
事の起こりは極些細な一言、ただのありふれた頼みだった。

開京と目と鼻の先、漢城で倭寇が暴れている。
保勝軍から報せを受けた王様の御命令で、馬で一駆けした。

腑に落ちぬ点が多過ぎた。
水軍が厳重に守る済州から、倭寇の船が如何様に内海を抜けて漢城まで北上したのか。
海門を破られた報せなど、済州からも水軍からも都巡からも上がっていない。

倭寇であれば移動には必ず船を使う。
国内を徒歩で上がる倭寇など目立って仕方がない。
しかしどの山門が破られた形跡も、その報せもない。

自ら漢城まで駆け付け倭寇の暴れた現場を確かめた。
焼き討ちの現場の火の付け方も、赤月隊時代に見慣れた倭寇の手口とは全く違っていた。
何より倭寇であれば、滅多な事で民を斬り殺したりせぬ。
攫って売るなり、人足奴隷として死ぬまでこき使うなり、今まではそんな事が多かった。

斬るのは年老いて売る事も働かせる事も出来ぬ民や、侵略の邪魔になる若い兵。
ところが漢城では、老若男女の屍が無差別に累々と転がっていた。
その屍に残る刀傷だけは隠す事が出来ぬ。
斬り口が倭寇の用いる刀の疵とは、明らかに違った。

何から何までが、俺の知る倭寇とは痕跡が違う。
王様への御報告の為に一旦帰京し、それを済ませた足で手裏房の酒楼を訪れた。

だが調べてくれと頼んで手裏房の首領と女首領の間でこんな騒ぎになる、それが最も腑に落ちぬ。
俺達が内紛を起こしている場合ではない。
こんな時だからこそ内輪揉めおしている場合ではないのだ。
マンボは諫め方も気に喰わぬのか、射殺すような目で俺と師叔を続けて睨むと吐き捨てた。

「良いかい。あたしはお偉い大護軍の味方もしないし、お涙頂戴の兄者の味方もしないよ。
調べた情報を、欲しがってる奴に売る。そいつがこの先、きちんと世を正してくれるなら尚更さ。
他の信用できない馬の骨に渡るより、その方が百倍ましだからね」
「・・・勝手にしろぃ」

師叔はマンボにも俺にも背を向けて、先刻の勢いで半分も減った酒椀を取り上げた。
そして息もつかずに一気に中身を咽喉へ流し込んだ。
マンボはそんな師叔を横目で見ると、俺へ向き直る。
「ヨンア」
「・・・何だ」
「倭寇じゃないよ」

予想はついていたとはいえ、俺は黙って頷き返す。
「漢城で暴れてるのは禾尺だ。その中には流れの手裏房もいるかもしれない。だから兄者は」
「余計なことを言ってんじゃねえ!!」

師叔は酒楼の離れが揺れるような大声で怒鳴ると握った酒椀を力一杯、仕切りの障子扉へ投げつける。

その椀は障子紙を破って表へ飛び、早春の長閑な筈の夜の庭に砕け散る鈍い音を響かせた。

 

 

 

 

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