2016 再開祭 | 貴音 ~ 夢・弐

 

 

「・・・チェ・ヨン」
「は」
「何故参内した」
「王様」

何故と問われるとは思わなかった。
無言の俺に向かい、窓からの陽射しの中で玉座の王様は龍顔を曇らせた。
「昨夜南方から帰ったばかりであろう。休めと申し付けた筈だ」
「都巡慰使と、巡軍万戸府長官との合同軍議がございます」
「護軍に任せれば良い」
「そういう訳には」

王様は頑なに振る首に呆れたよう、重く長い溜息を返される。
「ならば何故」
「は」

今度は何だと御顔を伺えば、王様は機嫌を損ねられたように御口を曲げておられる。
「何故連れて来ぬ」
「・・・畏れながら」
「ご息女を」

またその話を蒸し返されるのか。
この二年、拝謁の度に耳に胼胝が出来る程繰り返された御言葉を。
しかし己の答は変わらぬ。
いつも通りに首を振り、御声が過ぎるのを待つ。

「王様」
「離れておったのだろう。役目でも無い日にわざわざ参内するなら、何故連れて来ぬのだ」
「それは」
「そなたが開京を離れている間、医仙にたびたび御子連れで登殿を願う訳にも行かぬ。
わざわざ休みに参内するなら、連れて来れば良かろう」
「・・・王様」
「寡人も王妃も、どれ程待っていると」

開いた口が塞がらん。皇宮に吾子を連れて来いなど、王命であろうと頷くわけにはいかん。
「皇宮に上がれる身分ではございません。唯の武官の娘故」
この言葉に尚更臍を曲げられたよう、王様の眉間が険しくなる。
「唯の武官の娘」

御声が苛つ御心を映すように尖るのを、この耳は聞き逃さない。
「そなたの功に鑑みて、左散騎常侍を与えようとした」
「王様」
「それどころか功臣一等まで授けようと、尋ねたであろう」
「某は」
「そうして悉く蹴っているのは誰だ。そんな事だからご息女も隠して、殿にも上がらせぬのであろう」

完全に御機嫌を損ね、玉座の龍の彫刻を施した肘掛を握り、王様はこれ見よがしに御首を振った。
脇で内官長が狼狽えたよう、俺と王様とをその目で交互に追う。
「王命で登殿頂いても良いのだ」
「王様」
「失礼に当たるだろうと、そなたが厭がるだろうと堪えておる」
「・・・有り難きお心遣い」
「しかし寡人の我慢にも、限度がある」

内官長が息を呑み、動揺したように王様へと頭を下げる。
「ちょ、王様」
「ドチヤ、どう思う。あの可愛い顔が見えねばどれ程大きくなったか、姿絵も描けぬ。最後に会うたのはもう二年近く前だ」
「それは・・・」
「長く開京を離れ、戻って来れば休めと申し付けてもこうして出て来る。
そのくせ御子は連れて来ぬ。連れて来さえすれば寡人も王妃も共に過ごせるものを。
待ち侘びているのを知っておりながら、何という頑固頭だ」

王様はおっしゃいながら肘掛の龍の頭を、神経質そうに御指で幾度も叩く。
「王様、大護軍は」
「そなたまでチェ・ヨンの肩を持つのか」
「も、申し訳ございません、王様!!」

内官長が平伏するよう深く体を折り曲げ、頭を下げる。
王様を面前に例え口が裂けても言えぬ。

言えぬが、おっしゃる事が支離滅裂だ。

何故休日返上で参内するからと、吾子を連れて来ねばならぬのだ。
此処は皇宮で、上がれるのは官位や役職を持つ者のみ。
そして王様を始めとした天血を継ぐ方々とそれに連なる方々のみだ。

吾子は官も無く位も無く、無論天の血に連なる者でも無い。
皇宮へ上がらせる理由など何一つとして見当たらぬ。
「迂達赤は入れ替わり立ち替わり、そなたの宅へ出入りしているというではないか」
「それは」

どの馬鹿だ、王様の御耳に要らぬ事を吹聴する奴は。
碌な用も無いのに口実を探しては宅を訪れ、吾子を見て目尻を下げる奴らに片眼を瞑って来たものを。

「寡人とて、市中見聞の口実はある」
「王様が大義なく皇宮をお出になるのは、罷りなりませぬ」
「外に出るなと申すなら、そなたが連れてくる以外会いようがない」
「王様」

何故それ程に会いたがられるのだ、たかが一臣下の娘に。
その胸裡を読んだかのように、王様は頷いておっしゃった。

「そなたらのご息女であれば、さぞ賢く可愛らしいであろう。前回会うた時もそうであった。
何れ寡人が王妃と嗣子を成せば」

嗣子を成せば。其処までおっしゃり考え込むよう、王様は御口を閉じられた。

「・・・良い。その折には改めて、そなたと話そう」
「王様」
「必ず連れて参れ。寡人もだが何より王妃が会いたがっておる。長くは待てぬぞ、チェ・ヨン」
「王様」
「下がりなさい」

その御声に息を吐き、一礼をして席を立つ。
殿内の内官達の下げる頭の間を抜け、扉前で最後に王様へ振り返る。
王様が御嗣子を得られたその時、あの吾子がどう絡むというのだ。一体何をお考えなのだ。

王命までは下されぬまでも、いつまで断り続けられる訳も無い。
何故王様も王妃媽媽も、あそこまで吾子に関心を示されるのだ。

出ない答を探しつつ、殿の扉を抜ける。

「大護軍、都巡慰使様と万戸府長官がお待ちです」

扉外に控えたトクマンが頭を下げて報せ、そのまま俺の脇へ従く。
命じられた休日、軍議のみに出て来た。王様のおっしゃる通りだ。
「テマナ」

その声にトクマンと並び俺を待っていたテマンが頷く。
「はい、大護軍」

いつまでも延々と引き摺るのは性に合わん。
会うとお望みなら、己が開京にいる間。この眸が十分に行き届く時。
あの勢いでは本当に、今にも皇宮を抜け暗行に来られぬとも限らん。
如何に目下政敵が無いとはいえ、王様を危険に晒すわけにはいかん。

「宅から連れて来い」
「はい。医仙ですか」
「吾子を」
「・・・え!」

その声に目を瞠り、テマンは言葉を失った。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    べつに 隠したり、会わせない訳じゃないのに…
    (•́ε•̀;ก) こまっちまう!
    かわいい盛りだし
    会いたいと おもわれるのも
    当然かな?
    いつまでも 同じ手は使えないから
    そ、連れてきちゃえば
    しばらく 言われなくなるかも…
    かも…
    (´゚艸゚)∴ブッ

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    ヨンだけじゃなく、既に周り全員デレデレですねぇ。(*^^*)最強です!
    私も会ってみたいっ!これからどんなヨンになるかますます楽しみです!

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