「おぉい、大護軍!」
斜めに傾いてはいても、秋の陽射しはまだ西空に残っている。
茜色の光の中に響く声。眸を細めて逆光の中の影を確かめる。
篝火を焚くにはまだ早い黄昏の刻。
門前で大きな男の影が呼びつつ、大斧を握る腕を高く掲げた。
「待ってたぞ!」
声に頷き返してチュホンの手綱を男の手に預けると鞍上から滑り降り、脚を止めたこの方の馬の手綱を掴む。
その体を支えて下馬を助け鞍に括ってあった桃色の荷を解いて握ると、男と肩をぶつけ合って挨拶を交わす。
「婚儀以来か。相変わらず二人連れで、仲の良い事だ」
男は厳つい顔に似合わぬ人の良さそうな笑みを広げ、この方を見て揶揄うような口調で言った。
「久しぶりだな。元気だったか、二人とも」
「はい!ご無沙汰してごめんなさい、結婚式にも来て頂いたのに、ちゃんとご挨拶もお礼も出来ずに」
「構わん、こうして会えるのは判ってたからな。長も領主も二人の到着を待ってるぞ」
「え?」
鳶色の瞳が俺を仰ぎ、予想外の報せに丸くなる。
「村長さんも、領主様も?」
「参ります」
「おう、行ってくれ。馬は預かって置く」
「頼む」
大男の開いた扉から踏み込むと、この方は慌てて奴に頭を下げた後に小走りで俺の横に添う。
「ヨ、ンア」
「はい」
「いつの間にそんな根回ししてたの?いつから巴巽村に来るって決めてたの?」
「さあ」
長の庵へと向かいつつ、はぐらかすように片頬だけで笑んだ俺を三日月の瞳で見たまま
「私の旦那さまは、やっぱり最高!」
嬉しそうに叫んだこの方は、この腕にぶら下がるように細い腕を絡ませる。
ああ、だから俺は巴巽が好きなのか。
この方がこうして手放しで甘えて下さるから。
そして己も外聞を憚らず、素直に受け止められるから。
敵も居らず、気負うこともなく、周囲は好奇の目で見る事もなく、下らぬ噂を振り撒く事もない。
王様の御言葉は的を射ておられる。それだけが理由で鍛冶を開京より遠ざけている訳ではないが。
確かに巴巽がもしも村ごと開京外郭に移って来れば、こんな自由な振舞いは難しかろう。
結局己はこの方が絡むと、熱意をもって説得も出来ぬ。
心の何処かで鍛冶らに此処に居て欲しいと願っているから、敢えて説得に力を入れぬのか。
何と身勝手かと低く笑うとあなたは機嫌良さそうに、この肚裡も御存知ないのに一緒に声を立てて笑った。
「・・・楽しいですか」
「うん、あなたとまた来られてうれしい!」
「嬉しいですか」
「うん、あなたと一緒ならどこに行っても楽しい!」
その柔らかい髪を整える振りでこの掌で小さな頭を撫でる。
あなたはまるで仔猫のように、撫でられながら瞳を細めた。
俺もあなたさえ居て下されば嬉しく、何処へ行っても倖せだ。
ましてこうして、開京の煩わしさから離れられれば尚の事。
「イムジャ」
髪を撫でながら呼ぶと、あなたは細めた瞳で笑い掛ける。
「うん。なぁに?」
「いつか開京を出たら、この辺りに庵を結びますか」
俺の声に頷きながら、あなたは静かに言った。
「あなたが行きたい場所ならどこでもいいわ。どこに行っても患者さんはいるし、あなたを必要としてる人はもっとたくさんいる。
やりたい事、やらなきゃいけない事、全部終わったらそうしよう」
やりたい事、やらねばならぬ事。
この方はあとどれ程の天の預言を御存知なのか。
奇轍。徳興君。そして王様、王妃媽媽の行く末。
碧瀾渡の火薬屋、そして先般の木綿種の男の話。
そんな総てを忘れて欲しくて。例え今のひと時だけでも。
緋色に染められた秋景の中、二人で向き合う時だけでも。
いつか全てを片付けたら。互いに柵から自由になれたら。
一日も早くその日が訪れる事を祈り、夕陽の中で髪を撫でる。
あなたはゆっくり瞳を閉じて、小さな頭をこの掌に預ける。
こうしてあなたに触れていられれば、他には何も要らぬのに。
地位も碌も、富も名誉も、武人としての名声も功績も。
けれどそれは逃げだと知っているから、もう一度歩き出す。
その小さな手を握り、今この時為さねばならぬ事を為しに。
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気持ちは ずーっと新婚さん(まだまだ1年だしね)
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ヨンとウンス、祝・結婚記念日の、紙婚式。
いむじゃかぽー!!
フフフ…の、朝ですよ。
さあ、今日も1日頑張るぞー