「隊長」
息せき切って吹抜けに駆け込む歩哨の顔が強張っている。
「何だ」
天窓の下の秋の日に照らされた尋常ならぬ様子に、居合わせた全員の顔に俄に緊張が走る。
歩哨はその視線の中で頭を下げると、息を整える間もなく早口で告げた。
「お客人がお見えです」
「どなただ」
「医仙様です」
その声に時ならぬ緊張の糸が一気に解ける。
迂達赤兵舎に医仙が。それならどなたに逢いに来られたかは、兵舎の全員が知っている。
「大護軍はお出掛けだ。康安殿に」
「はい。そうお伝えしたところ、隊長にお会いしたいと」
「・・・俺に?」
珍しい事もある。
それでも始終兵の出入する迂達赤の大門前に医仙をお待たせしたままでは、戻った大護軍からの叱責は免れん。
俺は慌てて吹抜けの段から腰を上げ、大門に向かう為に真直ぐ兵舎を飛び出した。
秋の陽射しに真上から照らされた紅葉の透ける光の中、一路大門へ駆けながらようやく思い至る。
確かにお待たせしたままでも叱責は免れんが、ここで駆けつけてもどやされるのではなかろうか。
結局俺達の大護軍は、誰が医仙の近くに居ても気に障るのだ。ご自身以外は、どの男であっても。
急いで駆け付けても気に触り、お待たせしていればなお気に障る。
どちらにしても怒鳴られる事は確かだろう。
戻った大護軍からの怒鳴り声を覚悟して、ひとまず俺は大門へ足を早めた。
*****
「チュンソク隊長!!」
門を駆け出てその姿を認めると同時に、医仙が伸び上がるように呼びながら、大きく手を振られた。
そのように目立って頂くのは余り嬉しくない。
声に迎えられ、最後の力を振り絞り全力疾走で医仙のところへ駆け付けて頭を下げる。
「どうされました、医仙」
駆け付けた勢いに驚いたお顔でそれでも頭を深く下げ返すと、医仙は俺に話し始める。
「あのひ・・・えっと、大護軍は王様のところって聞いたから。急に呼び出しちゃってごめんなさい」
その声にも普段のご様子とさして違いはない気がする。
そこまで深くは存じ上げんから何とも判断はつかんが。
「いえ、構いません。火急の御用ですか」
「ううん、そうじゃないんだけど・・・もしかしてチュンソク隊長、あの人が休暇を取りたいって、聞いてますか?」
「はい」
伺ったのは昨日のうちだ。
朝一番に兵舎に顔を見せるなり、大護軍は朝の挨拶に頭を下げる兵の間を擦り抜けながら、真直ぐ俺に近寄っていらした。
「おはようございます、大護軍」
頭を下げた俺にそのまま上階の私室を視線で示し、無言で階を上がって行く。
背に従いて階を上がりそのまま部屋へと入ると、大護軍は部屋内の三和土に腰を下ろすや開口一番におっしゃった。
「暫し不在にする。歩哨の順を整えろ」
しかし無愛想な口調と裏腹に、その表情に険しさは見えない。
「は」
恐らく医仙絡みでの休暇なのだろうと、俺は内心微笑ましく思いながら頷くだけで、そこから失礼したが。
そんな遣り取りを思い出しながら目前の医仙に確かめる。
「ご一緒かと思っていました。違うのですか」
それなら話が全く違って来る。
大護軍がもしも一人内密に何か計じておるのなら、知っておいて損はない。
肚裡を明かさず一人で突っ走る方なのは相変わらずだし、それをどうにか手助けしたい俺達の気持ちも変わらん。
俺の声が不審気に変わった事に気付かれたのか、医仙は慌てて頭を振った。
「一緒です。それは問題ないんだけど。他に何か言ってましたか」
「何か、ですか」
「プレ・・・何か、贈り物、のこととか」
「いえ、全く。ただ歩哨の順を整えるようにと」
贈り物。一体何の事をおっしゃっているのか。
思わず目前の医仙を見詰め、大護軍に常に教わる通りその肚裡を読もうとしたところで、向かい合った医仙の顔色が変わった。
何だ。
そう思い振り返った途端に目に飛び込んで来たのは、この背の真後ろ、悪鬼羅刹の如き形相で無言で立つ大護軍その人だった。

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何だ…
ちょっと ガッカリしちゃった??
ガッカリしなくとも(笑)
チュンソクも 毎度大変ねぇ
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悪鬼羅刹の如き形相で無言で立つヨン…怖い!
チュンソク隊長の表情、サイコーです♪
どうなるの~⁉︎
お話しの続き、楽しみにしてます!
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悪鬼羅刹の如き形相って…
怒らんで
怒らんでちょーだい
サプライズ好きの旦那様だから…
奥様…気になちゃった、だけですよ(๑>◡<๑)
美人さん怒ると怖いからーー(T . T)