2016 再開祭 | 棣棠・拾参

 

 

いきなり聞かれて、隊長もトクマンも答えようがないみたいに顔を見合わせる。
そんな事をすればするだけ、大護軍の疑いが的を射てると言ってるようなものなのに。

自分の疑いが正しかったと踏んだんだろう。大護軍は間髪入れずにもう一度聞いた。
「故にチュンソクから離れていたか」
「大護軍、それは!」
「申し訳ありません、大護軍」

トクマンが責められるのにこらえきれなくなったのか、今までは口ごもっていた隊長が頭を下げた。

「おっしゃる通りです。大護軍が出奔を考えるか、事実を確かめず開京に戻るようなら、足止めの為に俺を刺せと頼みました」

その瞬間椅子を蹴り立った大護軍の長い腕が、卓向かいの隊長の上衣に伸びた。
まるで鎌首をもたげた蛇が、狙った獲物に毒の牙を打ち込むくらいの素早さで。

気付いた時は隊長は大護軍のでかい掌に袷を捻り上げられていた。
まずい。俺とトクマンは同時に席を立ち上がる。
大護軍が隊長に拳を振るうところは見たことがない。しかも他の軍の兵舎でそんな騒ぎになったら。

胸ぐらを掴まれて椅子から半分腰を浮かせた隊長は、目と鼻の先で大護軍に睨みつけられている。
それでも視線はそらさずに、大護軍の目を見つめ返してる。
そして大護軍も半分引いた利き腕の肘はそのまま、握った拳は震えているけど殴りかかるまではしていない。
その姿勢で睨みあいながら、大護軍が鋭い声で隊長に聞いた。

「お前が怪我を負って、俺が喜ぶとでも思ったか」
「申し訳ありませんでした」
「お前が刺せと命じた槍はトルベの形見だぞ」
「・・・はい」
「ふざけるな!」

それだけ吐き捨てると大護軍は隊長の胸ぐらを掴み上げてた手を突き飛ばすみたいに離して、もう一度椅子に腰かけた。
椅子がきしむ大きな音が、そのまま大護軍の怒りの大きさみたいだ。
止めたかった隊長の気持ちも怒る大護軍の気持ちも両方分かるから、俺は口を挟めずにそんな二人を見るしか出来ない。
座った大護軍は腕を固く組むと、向かいの隊長を睨み直す。

「第一別人だ。怪我の負い損になる」
「はい、大護軍」
「二度と考えるな」
「判りました。申し訳ありませんでした」

隊長は最後にもう一度深く頭を下げてから、椅子に腰をかけ直す。

「あの顔の女人が居れば良い訳ではない」
大護軍は珍しく少し弱気な声で呟いた。
「これ以上は誰一人」

その声に俺達三人は、卓のこっちで顔を見合わせる。
「大護軍」
トクマンがそんな大護軍に呼びかける。
「何があったんですか」
「・・・天火同人だからな」

何だそれ。大護軍の言葉の意味が分からず、俺達はもう一度互いに顔を見つめ合う。
物知りな隊長も分からないのか、それでも余計な事は聞かないで、卓向こうの大護軍をじっと見つめる。
そしてこれ以上出しゃばるのは止めようと思ったのか、黙って小さく首をひねった。

 

*****

 

夜空に大きな銀の月が掛かっていた。
辺り一面を銀の光で祓うよう煌々と光る、その月を見上げている。

嗅ぎ慣れぬ風の匂い。聞き慣れぬ潺の音。
見た事もない景色の中、当然のように夜の庭の縁台に腰を降ろし。

藁葺き屋根の小さな庵。中は一間の寝所がせいぜいだろう。
こじんまりとした庵の庭を隅々まで照らす、銀雨のような月光。
赤く染まった木々の葉が、その月光に透けていた。

いつも夢に描いた、そのままの佇まいの庵だった。
もしも皇宮を出られるのなら、二人でこんな宅に住まいたいと。

藁葺き屋根の小さな庵。
その前には清らかな小川が流れ、そしてささやかな庭には縁台。

俺は小川で釣りをし、あなたは縁台で薬草を干す。
互いの一日の仕事が終われば小さな庵で額を突き合わせ、一日の出来事を話しながら向き合って夕餉を取ろう。
そして互いに抱き締め合って、小さな寝所で共に眠ろう。
幾度も描いた風景は、見知らぬ筈のこの景色そのものだった。

その時惜しみなく降る月光の中、胸を締め付ける笑い声が響く。
天を仰いだ視線を戻し、縁台の横を確かめる。

月ではなく俺だけを映した鳶色の瞳。
月光の中を舞う柔らかい亜麻色の髪。

あなたがいた。

長い睫毛、白い頬、紅い唇、三日月の瞳。
記憶の中の姿のままあなたが其処に居た。

「どうして気付いてくれなかったの?」
少し拗ねたような声も、尖らせた唇も、膨らませてみせた頬も。
「私はすぐ分かったのに。あなたは分かってくれなかった?」

何を言っているのか判らずに、ただ一言も漏らさぬようにと耳を欹てて、懐かし過ぎる声を聴く。

「私も会った。あなたにそっくりな人。でもちゃんと気がついた。
どんなに似てても、あなたじゃないわ。あなたはたった1人しかいない。
私の愛してるチェ・ヨンって人は1人だけよ」
「・・・イムジャ」
「長く待ち過ぎて、疲れちゃった?間違えそうになっちゃった?」
「イムジャ」
「うん、なあに?」
「イムジャ・・・」

腑抜けたように呼び続ける俺に、あなたは笑って頷いた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    今晩は、本当に、ウンスが、ヨンの、前に姿を、見せるの ??無事に、ヨンが、居る場所に、戻って来るの?ヨンの心と気持ちが、ウンスから離れ無い内に、戻って来ないと

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    そりゃ、そんな事するとヨンが怒るのも無理ないですね
    チュソクやトルベの死、もしもの事があったらダメでし…
    あぁ、ウンスが気づいてくれなくて呆れたのかな?
    私はさらん様のヨンにはすぐに気づいて欲しかったのが本心ですがあまり長いと疎くなるくらい仕方がなかったのかな…
    ほんと切ないですよね

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