2016 再開祭 | 棣棠・玖

 

 

「お出掛けですか、大護軍」

兵舎を一歩出た途端、前庭に延びた長い影の持ち主が俺の斜め横に従いた。
「・・・ああ」

此処に居たか。
先刻広間には姿を見せず、この男にしては気が利いていると感心したが、待ち伏せには少々意表を突かれた。

その影の主トクマンは肩後ろからさり気ない風を装い、無邪気な顔で笑って見せる。
「俺もお伴して良いですか」
「一人で行く」
即座に首を振る。トクマンだけではない。チュンソクも、そしてテマンも、まずは誰一人。

今此処で出奔するわけにも、あの方を攫って逃げる訳にもいかん。
迂達赤を名乗り他軍を訪問している限り、俺が不手際を仕出かせば迂達赤全体の責になる。
何をするにしても、どの道を選ぶにしても、奴らを巻き込む訳にはいかぬ。
あの方を二度と離さずに済む唯一の方法は此処で騒ぎを起こさぬ、それに尽きる。

そして何をすると決めるにしろ、迂達赤が共に居てはならん。
居れば共犯となる。それだけは絶対に。

無言で歩く肩後ろにトクマンはまだ喰らいついて来る。
心配は判っている。それでも本気になった俺を止めるには、まだ十年は早い。
「トクマニ」
「はい、大護軍」
「戻れ」

足を止めた俺の前に廻り込み、奴は初めて顔を曇らせた。
「今日だけは辛抱してくれませんか。大護軍」
「何故」
「明後日には判ります。あの方が本当に医・・・大護軍の待っている方かどうか。ですから」

口を滑らせたのか、それとも端からそういう計画だったのか。
トクマンは初めて表情を改め、真剣な顔で俺を見た。
「何をした」

行く手を塞いだ男を睨むと、奴は決まり悪そうな表情で頭を下げる。
「鳩を飛ばして確かめてます。明後日には答が」
「勝手をするな!」

俺の怒号にトクマンは肩を震わせ、周囲を行き交う歩哨らが仰天したように此方を振り返った。
だから厭だった。誰にも言わずに会うべきだった。
こいつらを巻き込む前に確かめるべき事があったのに。

「良いか。お前らは手を引け。俺の問題だ」
「大護軍、でも!」
「この先如何しようと何も知るな。判ったな」
「大護軍!」

これ以上他軍の庭先で恥の上塗りなど御免蒙る。
「二度は言わん」

それだけ言って最後に兵舎の屋根上を振り仰ぐ。
昼から夜へと移る空を背景に、急いで蹲る人影。
「テマナ」

呼び声に影が屋根上で起き上がり、梁を伝って滑り降りて来る。
「ついて来るな」
「で、でも大護軍」
「来るな」
「・・・あの人は、医仙じゃないです」

テマンは言われた俺よりずっと悲し気に、俺に向かって呟いた。
俺より胸が痛むのか、その衣の胸元を固く握る拳が震えている。
「違う人だ」
「そうか」
「すごく似てる。そっくりだ。でも医仙じゃないです、大護軍」

こいつがそう言うなら、そうなのだろう。
俺に見えぬものが見え、聞こえぬ声が聞こえる男だ。
「そうなんだな」
「大護軍を呼んでる声が、ちっとも聞こえないです」
「・・・それでも」

それでもこの足が向かうのを止めらぬのなら。
今、あの棣棠の脇で待っていると約束を交わしたあの方へ。

「お前らは何も知らぬ」
「大護軍」
「大護軍!」

それ以上の言葉はないのだろう。
お前らは皆言える事は全て言い、すべき事は全て為した。
それでも俺を止めるには足りぬ。この足を止めるにはまだ早い。
王様直々の王命ですら止められぬ俺を止める事は、まだ無理だ。

「ではな」

宵の帳が下り始めた兵舎の前庭。
最早打つ手も失くした男達をその場に残し、薄闇の中を兵舎の門へ走り出す。
テマンに届く声より、鳩が運ぶ報せより、確かなものを知る為に。
あの方でないと言われても、己が思い知らねば意味がない。

これ程長く待ち続けた挙句、ようやく現れたあの方が別人だと言われても、納得など出来ぬ。
別人なのだとすれば次に考えねばならぬ事があり、知らねばならぬ事もある。

それでも目を逸らせない真実をこの鼻先に突き付けられるまでは、信じていたい。
どれほど無様に足掻いても。どれほど情けなく縋っても。
あなたが戻って来たと。切れかけた糸が再び天の手で結ばれたと。
俺達は運命だったのだと。幾度離れても再会は必定だと。

あなたを二度と、あんなに淋しい声で呼ばせなくても良いのだと。

此処に居た。何一つ変わる事無く。あなたを待って此処に居た。
夢の中で数え切れぬ程あなたに逢った。
抱き締めて二度と離さぬと言えば、あなたは必ず笑ってくれた。

そのあなたかも知れぬ女人が門の外に待っているのに、何故独り其処に待たせたままにしておけるものか。

勢いのまま門衛に声を掛ける事も忘れ、焚かれた篝火の横を駆け抜ける。
先刻の棣棠の許。
あなたの面影をそっくり写し取った女人は、夕闇の足音に顔を上げた。

「イムジャ」

俺の声に曖昧に、それでも優しく微笑みながら。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    いやぁぁぁぁぁぁ(本日2回目)
    勇気を出して
    二人は止めてくれたわ(p_q*)シクシク
    医仙じゃないって わかるけど
    いっぱい いっぱいの ヨンには…
    違うと思ってもね…
    ナンヒャン 私、医仙じゃないよと
    言って!
    かわりに 私で… なんて
    言わないでー!
    言わない人だと 信じてる。

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    イムジャ…
    呼んでしまったのですね、ヨン。
    呼びたかった…ですよね、ヨン。
    でも、違う。
    テマンの野生の勘は当たっている。
    でも、恋しくて、寂しくて、不安で、逢いたくて
    ずっと待っているヨンには、ウンスと思えちゃうのですよね。
    イムジャ…と呼ばれて、貴女はどうするの?
    このところ辛くて…
    前のお話を読み続けています。
    ヨンとウンス、やはり二人です。

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