まるで皇宮のようだ。馬車を停める処にも、入口にも、上階の広い扉横にも兵が立っている。
厳めしい揃いの衣、腰に差す棍のようなもの。
天界にもこんな役目があるなら、俺に向いているのではないか。
武器を視線で確かめる俺に、兵達は困ったように視線を逸らす。
「入って。社長には俺がうまく言ってみる。とにかくお前は黙って、何か言われたら謝ろう。
勝手な外出もギプス外したのも、許される事じゃないんだから。良いな?」
目礼するそれらの兵の前を通り抜け、ようやく光の溢れる扉の前に立ち、俺を攫った男達は重く分厚そうな扉を開ける。
「戻りましたー」
「あら、おか」
開けた扉向こう。
出迎えた女の手から滑り落ち、床に転げ落ちる茶碗。
飛び散る陶器の欠片、零れた湯が派手な白い煙を上げる。
すぐ足許まで飛び散った破片すら気遣うゆとりもないか、その女は呆然と其処へ立ち竦む。
「しゃ、社長?大丈夫ですか?ケガは」
俺を攫った男達が驚いたように、その女を床に散った破片から遠ざける。
「社長?すごい音しましたけど」
其処から続く回廊の脇から、女が一人走り出る。
「すぐ片付け・・・え?」
その女は何故か慌てたようにしゃちょうと呼ぶ女を見つめ、そのまま回廊奥に振り向き、そして改めて此方を見遣る。
「・・・この人、誰・・・ですか?」
「誰ってカンベンしてよー、ミノでしょ?まさかうちのスターの顔を忘れちゃった?おいおい、慣れって怖いねー」
男達が笑いながら、目の前の女を見る。
「・・・だって・・・!」
その時回廊の奥、床から天井までの大きな扉が軋む。
「どうしたんだよ、帰って来るなり。何の騒ぎ?」
ゆっくり開く扉の向うに響く、何故か聞き慣れた声。
「みんなして出かけてたの?俺も外出たいな、寝過ぎで体が痛い」
扉の影から現れる、その背丈も肩の線も見覚えがある。
濃茶の目が回廊の先に固まる俺達を見つめ、髪を整えていた指を止める。
体の脇に戻る腕は降ろしたのか、それとも力を失って落ちたのか。
ああ、あの方に教わった。 天界の鏡は全てを映す。
何処までも澄む湖の水面を覗くよう、俺の顔が向うから此方を真直ぐに見る。
俺を攫った男達三人が、茶碗を落とした女が、そして走り出た女が。
その者たちに囲まれて、回廊の向こうと此方で同じ顔が見つめ合う。
全ての声を代弁するよう濃茶の目が瞬き、男にしては厚い唇が静かに開いた。
「誰、ですか?」
*****
俺と瓜二つの男。二人は要らぬと言われた唯一無二の男。
町中を歩く度に視線と金切声とすまほの光に晒される男。
筋書通りの言葉を並べ、側にいる者にも見分けられぬ男。
あの藍錆の男の目と言葉は正しかった。
同じ男は二人は要らん。
これでは言われて仕方無い。戦の前から白旗だ。
これ程とは思わなかった。話半分に聞き過ぎた。
「あなたは、誰ですか?」
「チェ・ヨン」
「チェ・ヨン・・・さん」
「お前は」
まるで悪夢のようで気味が悪い。回廊の向こうと此方から同じ姿が歩み寄るなど。
頭上から互いを照らす柔らかな橙の灯。
回廊の左右の壁もあのすたじおのよう、大小の額で飾られている。
違うのは全ての額に、同じ男の顔が飾られている事だ。
笑顔、膨れ面、顰め面、遠くを見るような眼差しの横顔。
陽射しの中、新緑の中、乾いた砂の中、降り頻る雨の中。
俺ではない。俺はこんな顔はしない。
長い回廊の丁度真中、互いを斬るまであと一歩。
間に三歩の距離を取り、俺はそ奴と向き合った。
「初めまして・・・ですよね?」
困り果てたようにそう言うと、男は長い腕を差し出した。
「イ・ミンホです」
握り返す事は無くその目を見ると、俺は男に顎を下げる。
「妻を探してくれ」

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だよね。 ですよね。
勝手に攫っておいて
大事な人 置き去りなんだから…
ヨンの言い分は 御もっとも
あ~ 同じ顔が 二つ。
。(;°皿°)