頭の中、音を立て血の気が引く。
この背を熱い寒気が駆け上がる。
眸の前の女人から眸が離せない。
周囲の何も見えず、何も聞こえない。
女人を凝視する俺の視線を追い、部屋の目が集まる。
部屋中の注視の中、それでも何という事もなさそうに笑う女人。
上座の俺を掠める瞳を見ただけで、居ても立ってもいられずにどうにか口を開ける。
開けても何を言える訳でもない。
其処に端座したのが本当にあなたなら、必ず何かおっしゃる。
しかしその瞳は笑いかけはしたものの、それ以上の事は何もない。
此方に懐かしい視線を投げるでも、泣き出す訳でも叫ぶでも。
女人はただ静かに頭を下げると、決まりきった口上を述べた。
「今宵は大切な御席にお招き頂き、ありがとうございます」
形の良い顎。紅い唇。すんなりした鼻の稜線。
白い頬、其処に薄墨色の影を落とす長い睫毛。
大きく襟を抜き半ば露わな折れそうに細い肩。
その肩に流れ落ちる、艶やかな絹糸の黒い髪。
黒い滝の隙間、見た事のないその細い肩の線。
剥き出しにした其処を己の袖で覆いたくなる。
何故露わにしているのかも理解出来ず、ただ部屋の他の男共の視線からどうにか隠したい一心で。
あなたの肌を他の男の目に晒すなど赦さない。
けれど其処にいるのがあなたなのかそうでないのか判らない。
髪の色以外本人だと言われても誰もが信じるだろう。
トクマンが見掛け、思わず後を追った気持ちも判る。
俺ですら同じように見かければ、恐らく追い駆ける。
いや、別人だと知っていても一縷の望みに賭けて追うだろう。
それ程似ている。瓜二つなどではなくあなただとしか思えぬ。
外見だけではない。その声も、爪の形までも。
目を伏せても上げても、流す視線のひとつも。
テマンは攻撃を仕掛けるべきか、それとも頭を下げるべきか判じ損ねたように俺だけを見る。
チュンソクは息すら忘れたよう、如何すべきかと俺と女人の間で幾度も視線を泳がせている。
そしてあの方の顔を見知らぬ西京の奴らは口々に、
「西京では一番の美妓です」
「開京にも美しい妓女は多いと思いますが」
「それでもナンヒャンであれば、何処に出しても恥ずかしくない。芸も楽器も漢文の才も西京一です」
まるで女人が自分の女であるかのように、そう口々に持て囃す。
その声を聞くだけで肚裡に黒く熱く、飽き飽きする程憶えのある、悋気の焔が沸き上がる。
黙れ。お前らの手の届く方ではない。
見るな。その下卑た視線でこの方を。
あなたは、俺だけの。
そこまで思って乾き切った咽喉を鳴らし、奥歯を噛み締める。
違う。そんな筈がない。天門には万一を考えて人を遣っている。
何かしらの動きがあれば必ず報せの鳩が飛ばすよう命じてある。
もし本人だとすれば、天門から出て来たなら、北方から西京まで辿り着く前に、必ず先に俺の許に飛文が届く。
何一つ報せを受けていないのに、何故あなたは此処に居るんだ。
答は一つだ。眸の前のこの女人はあの方ではない。
それでも心裡は千々に乱れる。どの答が正しいのかが判らずに。
いや、判っている。あの方ではないのだ。
それでもまるで天界の銅鏡の中の姿のように、本人としか思えぬ生き写しの女人が眸の前で笑っている。
妓楼の部屋に燈る灯を受け、悪戯そうに三日月を描く瞳。
紅を注した気配すらないのに、内から光り輝くような肌。
夢を見過ぎたか。人目さえなくば、己の頬を殴っていた。
俺は起きているのか眠っているのか。これは夢なのか現なのか。
「大護軍」
「大護軍」
「・・・大護軍」
テマンが、チュンソクが、そしてトクマンが呼ぶ声を遠く聞く。
奴らの輪唱に、目の前の女人がにこりと笑う。
「あなたが大護軍様なんですね」
女人は楽し気に快活な足取りで俺の横、この方を待っていた空席まで迷いなく進む。
そして裳裾をふわりと靡かせて、其処へと優雅に座り込んだ。
「御名前は西京にも轟いています。お会い出来て嬉しいです」
片膝立に両手を揃えて立てた膝上に置き、背を正したその姿勢はあの方のものではない。
そんな礼に則った座り方をするのを見た事はない。
「初めまして、ナンヒャンと申します」
あの方はこんな風に行儀良く、床に座ったりはせぬ。
けれどそうしてから横からこの顔を覗き込む瞳の色。
そして何か言おうと待ち構えるように薄く開いた唇。
何より膝が触れる程の至近に座る折、部屋の空気を揺らした風が運んだ、蘭香という名に相応しい香。
懐かしい、いつか何処かで確かに嗅いだ花の香。
イムジャ。
本当に、此処にいるのはあなたではないのか。
触れれば判るのか。一度も忘れた事のない温もりを感じれば。
この脈を確かめた温かい指。初めて触れられ振り払った兵舎。
最後の夜、離れずに済んだ安堵の余りに唇を触れたあの指先。
その香を確かめた途端、溢れて止まらぬ懐かしい思い出。
抱き締めれば判るのか。口付ければ判るのか。
そして其処まで黒い慾に塗れた後に夢が醒めたら。
目が醒めて、あなたでなかったら俺は己を赦せぬ。
「・・・イム・・・」
「はい?」
枯れた吐息のような声を確かめるよう瞠る瞳が。
尻上がりに上がった語尾の、その高く甘い声が。
我慢できずに座を立ち、振り向かず勢い良く部屋を出る背に、部屋から制止の声は掛からなかった。
そして廊下に出でて後手に思い切り閉めた扉の烈しい音が、夜を迎えた妓楼の暗い庭に鋭く響いた。

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辛すぎる…
心が痛すぎて…
ヨンが可哀想すぎて…
涙が出る
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なんか イヤよね
絶対違うのに
待ち続けてる人の顔って…
キツイね~
お願い 近寄らないで
惑わさないで~
ヨンだって わかってる
ウンスじゃないよ ウンスじゃないよ
間違えちゃダメだよ~ ( p_q)
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辛すぎて…
可哀想すぎて…
ヨンを思うと胸が痛む。
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お早う御座います。ウンス以外の女性に、見向きもしないで欲しいですが ?こればかりは、分からないわね。で !肝心の、能天気女子は、いずこ ??
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これで瓜二つのナンヒャン?にあのチェ・ヨンがてを出したら…前から出来てた話と辻褄合わなくなりそうで怖い…出さないから出来てた話と辻褄が合う…そう思いながら読むと安心出来る?まだ安心出来ない?安心させて~さらんさん(T-T)いくら瓜二つでもユ・ウンスじゃないと…高麗に癒しの花は咲かないよ…ヨンにもφ(..)失礼なコメントスイマセンm(__)m