2016 再開祭 | 棣棠・弐

 

 

結局こうなる訳だと、副将の声に息を吐く。
話すべき事は話した。諒承の言質も取った。

あとは出陣までの間出来る限りの鍛錬を重ね、中軍との力量差を埋めるのみ。
武術の伝授の師範代わりに手縛の手練のチュンソクと、自身の修練も兼ねてトクマンまで連れ出した。

「クォン・ジェク」
俄に慌ただしさと華やかさを増す妓楼の気配を余所に呼ぶと、俺を真直ぐ見ていた西京将師が頷いた。
「はい、大護軍」
「明日朝。全員を鍛錬場に集めろ」
「判りました!」
素直に頷く男の答に満足し、手酌で杯を満たそうと酒瓶に伸ばす手は握る寸前クォン・ジェクに遮られる。

奴は一礼した後に俺の手許の杯を満たすが、酒瓶の口が揺れ、杯の面は危なかしく波立った。
「失礼しました。今から武者震いが」

奴は困ったように言いながら、一旦酒瓶を置き両掌を上衣で拭う。
そして再び握り直し、漸く満たし終えた杯を受ける。
「弛むより良い」

杯を持ち上げた途端、注ぎ損ね卓に水溜りを作っていた酒が一滴膝へとへ落ちた。
「申し訳ありません!」
「ああ、構うな」

慌てて差し出された布を受け取り、雫を拭き取る。
騒ぎの中で扉がすらりと開き、妓房独特の濃い白粉の匂いと
「ナウリ、お呼び頂きありがとうございます」
「ご無沙汰でございますね」
「まあ、男振りの良い方ばかり」
そんな甲高い嬌声が一斉に部屋内へ流れ込む。

考えるべきは如何してその声や匂いから逃れ、如何にこの場の雰囲気を壊さずに姿を消すか。
酒の染みを言い訳に顔を伏せ、ゆっくりと汚れを拭き上げる。
妓楼だろうと市井だろうと、女人と眸を合わせるなど遅いほど、そして少ないほど有り難い。

一人が早々に上座の俺の横に着こうとしたところで、
「ナンヒャンはどうした」
西京軍の一人が言いながら、男の合間に次々と着座した妓女らの面々を見渡した。
「お姉さんも今すぐに参ります」

妓女が俺の膝に擦り合う程の距離で着こうとするのを
「その座はお前ではない、ナンヒャンにしてくれ」
副将はそんな無粋な制止をかける。

確かに有り難いが、結局は厭な思いをするのが僅かばかり延びただけに過ぎぬ。
妓女はつまらなそうに
「良い男は、いっつもお姉さんのものなんですから」
拗ねたような声で独り言ち、渋々の遅さで膝横から離れる。

その女が来なければ良い。いっそ遅刻か、若しくは急な病か。
来なければ手酌で適当に呑み、適当な処で酔った振りで中座が出来る。

しかし儚い望みはあっさり絶たれた。下男が廊下から朗々と
「お待たせ致しました。ナウリ、ナンヒャンでご」
と張り上げた先触れの声。

思わず小さく落胆の舌を打った刹那
「大護軍!」
先触れの声に被せるよう妓楼の庭先から聞き慣れた声が響き、同時にトクマンの姿が飛び込んで来た。

「トクマン、控えろ。西京の」
さすがに外面と云うものがある。苦々しいチュンソクの声に
「申し訳、ありません、でも」

トクマンは息も絶え絶えに大槍を捌き、そのまま膝横に据えると床に座して頭を下げた。
「町中で、女人を、探して」
「女人だと。何故」
「大護軍、まさかと思いますが、戻って来てるなんて」

何の事だと部屋中の皆が顔を見合わせ首を傾げる。
しかし奴はそんな怪訝な部屋の空気を斟酌するゆとりは無いらしい。

俺に向かって訴えるよう卓向うから前のめりのまま、その体を卓上一杯に伸ばす。
「俺、見たんです」
「誰を」
「それが・・・」

そこまで言ってトクマンは初めて言葉を詰まらせる。
「それが、大護軍」
「ナウリ方」

トクマンの登場で戸惑っていた下男が、遠慮がちに再び内へ呼び掛ける。
「お話の途中でございますが、ナンヒャンがナウリ方にお会いするのを待ち侘びております。
続きはナンヒャンの杯を受けながらでいかがでしょう」

さすがに妓女達を束ねるだけはある。卒のない上手い口上に
「ああ、そうだな。呼んでくれ。構いませんか、大護軍」
西京の副将が阿る声に、頷く以外の道もなし。

俺の顎が渋々縦に動いた処で
「お招きありがとうございます」

嫋々とした色艶を売り物にする妓女とはかけ離れた明るい声が、外廊下から部屋へ響く。
溌剌と評する方が正しい声と共に、開いた扉陰から噂の女らしき妓女が扉口に端座した。

その姿が部屋へ踏み込んだ途端、テマンが凄まじい勢いで扉脇の末席から跳ねるように床へ立ち上がる。
妓女の満たした杯を握っていたチュンソクの手からそれが転げて床に落ち、中身が彼方此方へ飛び散る。
そしてトクマンが腑に落ちたように、女を見る俺を確かめると怖ろしく掠れた低い声で俺の方へ囁いた。

「大護軍。あの方が、俺が町で見かけて、探し回った人です」

何が声を震わせるのか、其処に居合わせた俺達、四人にだけ判る。
西京の隊員は不思議そうに、部屋の女人と俺達とを比べ見ている。

春も近いというのに部屋の中は分厚い雪に閉ざされたが如く、冷え切って凍るような静けさに支配された。

その冷たさを運んで来た女だけが、一人明るく笑っていた。

胸が潰れる程、息を忘れる程愛しい、狂おしい程懐かしい顔で。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    トクマンも 見たって言ってもね
    見間違えるわけでもないし…
    でもでも…
    ウンスがこっそり帰ってきて
    しかも妓女になってる? んなわけ…
    でもでも 
    待ってる人に似てるなら
    心揺さぶられちゃう?? 
    (((( ;°Д°))))

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