2016 再開祭 | 孟春・中篇

 

 

睨みあう廊下を隔て、叔母上の言葉にようやく俺は声を絞り出す。
「・・・何だと」
「耳まで惚けたか、情けない奴め。行先は公州の温宮にせよとの」
「聞こえてる」

公州の温宮。碧瀾渡から下れば、移動は船で一日。
確かに近隣ではある。しかし問題は其処ではない。

「何故」
「畏れ多くも、お主と医仙の居処だけは知っておきたいと」
「断る」
「出来る訳がなかろう!」

公州の温宮。
即ち皇宮と等しい、王様の御幸の折でなくば臣下の立入など許されぬ離宮だ。
それの意味する事など皇宮勤めの長い叔母上なら、判って当然だろう。

そして無論、判らぬ訳ではないらしい。
問い掛けに叔母上は、俺以上に苦々しい表情を浮かべている。
「何故」
「お主に言われなくともとうに進言した。どれ程功労を上げた臣下でも、許される事と許されぬ事があるとな」

叔母上の低い声に思わず幾度も深く頷く。許される訳がない。
居処を掴んでおきたいと仰せなら、手裏房でも鳩でも使う。立ち寄る先々で急文も出そう。
役目以外で皇宮を離れるのだ。その程度ならば譲歩する。
だからと言って行先を指図されるのも、ましてそれが温宮だなど、筋違いも甚だしいではないか。

「ところが、王様が先にお断りできぬ名分を立てられた」
叔母上の声も顔も一層渋くなる。あれ以上渋くなれるのが不思議な程に。
次に尚宮服の襟元から一通の書状を丁寧に取り出すと、投げ付けてやりたいという顔をしながら俺へ手渡す。

他の者の手蹟ならば、間違いなく投げ付けていただろう。
そうせぬのは偏にその文が、見慣れた王様の御手蹟だったからだ。
御声にも等しいその文を、投げ付けられる訳がない。

手にした文を読み直す。無言で三度。
頼む。俺は今、未だ寝惚けているのだと言って欲しい。
そんな儚い願いを込めて、三度の後に叔母上の顔を確かめる。
「公州の温宮の、修繕確認」

叔母上から期待した声は戻らない。ただ渋面の頷きが返る。
「そうだ」
「迂達赤大護軍を派遣すると」
「そうだ」
「・・・いつこんな根回しをされた、王様は」

思わず本音を吐いた途端、避ける間もなくその速手が飛んで来る。
「そんな不敬な物言いがあるか!」
「事実だろう!昨日ご拝謁の折には、何一つ伺っておらん!」

王様からの文の中身は、到底信じられんものだ。
担がれたという思いになるのも仕方なかろう。
此度修繕を終えた公州の温宮の確認に、迂達赤大護軍を派遣する。

また湯治の折の必要な治療室の確認に、医仙を共に向かわせる。
既に委細は温宮の提調殿に預けてあるとの、謂わば事後通達だ。

期間は五日より十三日まで。
つまり今日出立したら真直ぐ温宮へ向かい、休暇の明ける前々日まで動けない。
「王命だ。既に温宮の提調殿の許にも急使は出向いておる。もう諦めて伺うしかなかろう」

俺の頭を叩いた割には、叔母上も同じ事を考えているらしい。
呆れた様子で、そっぽを向いてそれだけ言った。

五日のうちに温宮へ到着するなら、すぐにでも発たねばならん。
今から皇宮へ参じ、拝謁を願い出、お断りする猶予すらない。
まして温宮の提調殿にまで手配済みなら、断れば後任に誰をいつ向かわせるかと大事になる。

畏れ多くも此度ばかりは、王様と王妃媽媽の御心は判っている。
小さな温宮の僅か一部の修繕の確認に、八日も必要な訳がない。
俺か、あの方か、それとも双方にか、何も考えず骨休めの湯治を楽しめとのお心遣いなのだ。

その御心は有り難い。しかし王様も王妃媽媽もお判りではない。
御二人にお気遣いを頂く程に、俺達が羽を伸ばせなくなる事を。
考えながら背後の寝所の扉へ眸を流す。 あの方とてそうだ。
いくら医仙とはいえ、臣下の立場で
「ほんとに?!本当に私たち2人で、行っていいんですか?!うわあ、嬉しい!温宮なんて最高のホテルですね!」

開いた寝所の扉から覗く、立ち聞きで我慢出来なくなったらしきこの方の輝く満面の笑顔と弾んだ声。
いきなり飛び出て来たこの方の姿に鼻白んだ様子で眼を細め
「・・・王妃媽媽からのお託、王様直々の王命です。寒の道中ゆえ、何卒お気をつけて」

叔母上はやけに丁寧な口調で、この方の笑顔に無表情に言った。
それは正しく慇懃無礼。
この状況がどれ程に分不相応かが判らぬこの方を、内心腹に据え兼ねておるのだろう。

叔母上の腹立ちも判るが、生きて来た世が違う。
先の世は王様も居られず万民平等だというのだから、判らぬのも致し方ない。
休暇の出立前にこれ以上水を差されては困る。
少しでも叔母上と距離が離れるようにこの方の前に回り込み、その姿を背で庇い
「判った。王様には王命通り、温宮へ向かうとお伝えしてくれ」

諦めて唸る俺に叔母上は声も返さず、呆れた大きな息だけ残し雪を蹴散らすような乱暴な足取りで庭を出て行く。
「チェ尚宮の叔母様、怒ってるの?」
遠くなる背を見送りながら、この方は俺が夜着の上から羽織った長衣の袖を小さく引いた。
「・・・虫の居所が悪いのでしょう」

嘘ではないから、この方に心配を掛けぬよう波風の立たぬ言葉を選んでみる。
「叔母様も行きたかったのかしら。冬の温泉は最高だものねー。今度は一緒に行けると嬉しいけど」
温宮と其処らの温泉を同列に考えているようでは、叔母上とこの方との考えの間には雲泥万里の感がある。

既に暗雲が立ち篭める休暇の先を思い悩み、俺は無言で頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    どんな所かって
    知ったら 落ち着いて寝られなくなっちゃうかも
    ヴァケ-ションなんて 言ってる場合じゃないわ~
    知らないままのほうが しあわせかも。
    ヨンは もう 楽しめなくなってるかもかも

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