2016 再開祭 | 瑠璃唐草・結篇 〈 中 〉

 

 

「故に私が進言申し上げたのでございます、王様!」

突然のこの方の声を受け、大声を上げて御史大夫が席を立つ。

「全くお判りでない!何故今、この都堂の議場で脈診などと」

しかしこの方はそんな騒ぎになど耳も貸さずに、卓向かいの枢密院宰相大監だけを見詰めて言った。
「大監様、息が切れるのはいつからですか?」
「医仙」

この方の尋ねる声に、枢密院宰相大監が目を丸くする。
「お酒をかなりお飲みになりますか?」
「あ、あのですな」
「いい加減になさいませ、医仙!!」

問診に答えようとした枢密院宰相大監の声を遮り、御史大夫が声を荒げる。
「都堂の議場ですぞ!場の礼儀も弁えておられぬのですか!」

この方は首を廻し、声高に叫び続ける御史大夫の顔を確りと見た。
その上で御史大夫に向けて明らかに鼻で嗤い、再び枢密院宰相大監へ向き合う。
「白目が黄色くなり始めたのはいつ頃か、覚えていらっしゃいますか?」
「目ですか」
「手まで浮腫んでいらっしゃるので、恐らく足もでしょう?ポソンがきつくなったと感じませんか?
夜に脱いだ時、足に跡がついていませんか?」
「医仙、何故そこまでお判りに」
「お腹は張りませんか?」
「時折苦しく感じますが・・・」
「食事の好みが変わりませんか?油ものが食べたくなくなったとか、食事量自体が減ったとか」
「まさにおっしゃる通りです」
「脈診をすればもっと分かります。ですから、許して頂けるなら。代償期であれば休養と食事療法、薬湯で楽になります。
味の好みは変わりませんか?以前の味付けでは薄いと感じるとか」
「いえ、特にそうしたことは」
「それならまだそれほど心配はありませんよ。ただ、詳しく確かめるためにも」

己を無視して進むこの方の問診に、御史大夫は血相を変えて叫ぶ。
俺の目前で決して言ってはならぬ一言を。
「懲りぬ方ですな!だから品性に疑いありと言うのです!」

もう赦さぬ。
その暴言に無言でこの方の逆横に立て掛けた鬼剣を握リ締め椅子を立つ。
だが俺が口を開く前に飛んだのは、王様の鋭い御声だった。
「黙れ、御史大夫!」
その御声に、都堂に勢ぞろいした重臣全員が息を呑んだ。

「余の命じた天の医官の医仙が重臣中の重臣、枢密院宰相の命に関わるかも知れぬ診立てをしておる最中だ!
品位を謳うのならば今まさにその品位が欠けておるのは、そちの振舞いであろう!」

王様の逆鱗に触れたと気付いた御史大夫が、驚いた顔で口を噤む。
奴が口を噤んだ途端、宣任殿の中には圧し掛かるような静けさが訪れる。
その中でこの方が、王様に向けて深く頭を下げる。

「王様。典医寺の医官は、王様と王妃媽媽のご拝診が役目だとは知っています。ただ今回は、大監様の診察をお許し頂けませんか」
「無論だ、医仙。枢密院宰相は皇宮にとっても大切な重臣である。余が許可しよう」
「ありがとうございます!」

ようやく笑ったこの方は席を立つと玉座の後ろを横切る事はなく、卓の下座を廻り込み大監の元へ駆けつけた。
玉座の裏を回れば大監まではずっと近いというのに、その禁忌を確りと守って。

それだけで良い。充分だ。充分に礼に適っている。よくやった。
嬉しさの余り、思わず綻びかけた唇を噛んで戒める。
この方は大監の足許の床に膝をつき、まずは大監の脈を取る。
暫しの無言の後でそっとその手首を放し、次に金帯の上から腹部に触れた。

「うん。腹水は溜まっていないですよ」
そしてそのまま官服の裳裾越しに大監の両の脚を確かめ、
「うーん。やっぱり浮腫みはありますね。でも思ったほどひどくはありません」

そこまで言うと大監を見上げ、安心させるように笑みを浮かべる。
「黄疸が出がちなのは、現在の食環境からすると無理はないので。大監様、海産物は召し上がれますか?」
「はい、医仙」
「では主に取って頂きたいのは、シジミとタコとイカと海藻です。なるべく塩分控えめにして調理を。
後で典医寺から薬湯用の薬草をお届けしますね」
「とんでもない事ですぞ、医仙」

懲りぬ男だ。
御史大夫が再び声を荒げ、この方と大監の話に割って入る。
「王様の仰る通り、枢密院宰相大監は皇宮にとり大切な御方です。何が入っておるかも判らぬ薬湯をお勧めするなど」
「酸棗仁、山梔子、桑白皮、縮砂」

王様が再び何かを仰るより、そして己の手が鬼剣を抜くよりも早く。
この方は腹に据えかねたよう床を蹴り立ち、指を折って言いながら御史大夫へと一歩ずつ近寄る。

「大黄、橘皮、人参、車前子、枳実、桂皮、烏梅、艾葉。
効き目が強いので、大黄と桂皮は他の薬草の三分の一ずつにします。でも」

この方はとことん、御史大夫と馬が合わぬと知ったのだろう。
其処まで言うと慇懃無礼に奴の顔を眺め、頭を下げて見せる。
「御史大夫様にはそんな事は無関係ですね。何しろ下品な医仙が煎じる薬ですから。
ただし今後御史大夫様がどんな病を得ようと、私は決して治療に当たりませんので、その点はどうかご安心を」

全員が呆気に取られた都堂の議場、この方は王様へ振り返ると頭を下げた。
「王様。出来れば早めに典医寺に戻って今の薬草を調合したいのですが、退出をお許し頂けますか?」

王様は噴き出しかけたのを誤魔化されるかのように、小さな咳払いをされ
「許す。迂達赤大護軍は医仙を典医寺へお送りせよ」
と、至極満足げに仰った。

あなたはもう一度王様に頭を下げると、先刻と同じ道を逆に辿って俺の横に戻る。
誇らしくて堪らず浮き立つような心持で、最後に王様と重臣らに小さく頭を下げてから、一直線に宣任殿の正面の出入扉へ進む。
いつもなら弾むようなあなたの気配が今は静々と添うて来るのを、嬉しく、けれど何処かで確かに物足りなく思いながら。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ウンスの見立てと 
    処方した薬湯で大監が
    すっかり 回復したら
    御史大夫はどうなるかしら
    口は災いのもとですよ
    ぷぷっぷ
    王様も 愉快 愉快
    さすが医仙だ~と 言ってくれるかしら?
    ヨンは… ( ̄▽+ ̄*) 誇らしかろう

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