2016再開祭 | 秋茜・陸

 

 

パク大監との話を終え部屋を出ると、真っ暗な廊下の隅に人影が一つ立っていた。
廊下の丸窓からの月明かりを背に、その影は微動だにしない。
お前から来いと言うことだろうか。

先刻の男だろうと見当を付けて近づいて、月明りの中の顔が朧げに見えたところでぎょっとして立ち止まる。

同時に近寄るまで気付かなかったその足元の影が目に入る。
まるで棒のように床に昏倒しているその顔は、確かに先刻の門で私を見つけ、大監の部屋まで案内した男。
そして丸窓から差し込む月光を背負い、真暗な廊下に立っている無表情なソンジン。

「何をしておった」
「・・・ソンジン、あの」

部屋の中にいたのに、扉一枚向こうでこの男が倒された音など全くしなかった。
いつからいたんだろう。何処まで聞こえたんだろう。
こんな時でも嫌われたくない、たとえ大監との話を聞かれていたとしても私の本意で頼むのではない。
それを判って欲しい、そんな計算をする自分に嫌気がさす。

「もう一度聞く。何をしておった」

部屋の中の大監を気にしてか、その声は外で啼く秋の虫よりも低く小さい。
それでも私の耳には、恐ろしい程大きく響く。
「聞いて、ソンジン。まず説明させてほしい」
「先に答えろ」
「まずここを出たい。それから全部話すから」
「答えろ」

私も相当な頑固者だけれど、目の前の男はそれ以上だ。
互いに一歩も譲らずに、暗い廊下で向かい合う。

「・・・お前を信じた」
ようやく見つけた答を絞り出すように、ソンジンは呟いた。
「俺が馬鹿だった」
「ソンジン」
「帰るぞ」

それだけ吐き捨てソンジンは真暗な廊下で踵を返した。
軋むはずの廊下で、足音も立てずにその背が遠くなる。
無言で私を拒む影は二度とこちらを振り向かなかった。

 

*****

 

こんなものだ。隠したい密談ほど必ず聞かれる羽目になる。
知りたかった。確かめたかった。
そうすれば由佐波利は止まると。

帰った庵は暗かった。火の気の無さを表から確かめ、そのまま宮廷へ取って返した。

仮にも女人だろうが。月を頼りにこんな夜道を戻るつもりか。
いずれ内医院で何か起きたか、薬湯でも煎じて刻を忘れているか。
そんな処だろうと笑みさえ浮かべ、気楽な思いで宮中へ戻った。

そうだ、ウンス。あの頃のお前がそうしていたから。
劉先生の薬房で慣れぬ医術を修めながら、真冬の道を一人帰った。
その手に提げた行灯が、凍りつく雪道をぼんやり照らしていた。

吐く白い息が遠くなるのを見ながら思ったものだ。
何故己の身を削り寒さをこらえ、これ程必死に学ぶのか。
そしていつの間にか、黙って後を追うようになった。
足でも滑らせたら。新雪の吹溜まりにでも嵌ったら。
あの女人ならばやり兼ねぬ、そう思い居ても立ってもいられずに。

質素な庵の茅葺門に行燈の灯が消え初めて息を吐き、雪道を薬房へ戻った。
行きは二つだった雪を踏む足音が、帰りは一つなのが淋しかった。
お前は憑かれたよう学んでいた。死に物狂いという姿を初めてこの目で見た。
それこそがお前だった。一心不乱に脇目も振らず、一人の男の為だけに。

あの人は兵です。愛しそうに哀しそうに、そう言った男の為だけに。

その体に鍼を打ち、生きて帰れるか判らぬ賭けに出た。
言ってくれた。あの瞳で、信じると。

だからあの女を捜しに出た。何処かにお前を重ねていた。
訪った内医院で、宿直らしき医女は深々と頭を下げた。
「禁衛把摠様」
「首医女はいるか」
「首医女様は、御呼び出しを受けて退出されましたが」
「・・・王様か」

まさかと思うた。王が呼び出すのにあの女一人の訳がない。
夜半に王が女一人を呼ぶ、即ちその女が恩を賜るという意味だ。
夜を過ごすなら、敢えて顔見知りの医女を選ぶだろうかと。

案の定、医女は逆に驚いたように目を見開き首を振る。
「とんでもない、パク大監の御召です」
「パク大監」
「はい。先刻そうおっしゃって出て行かれました」
「大監の宅か」
「そこまでは判りません・・・道具匣を持って行かれたので、宮中の何処かとは思いますが」

そこまで確かめ月夜を走り出す。
パク・ウォンジョンは短気で実直な若き王より狡猾だ。
まかり間違ってもあの女に手出しをするなどあり得ん。この人目の多い宮中で。
それが証拠に医女でさえ、あの女の呼び出しの件を知っているのだ。

それでもと走り出す。宅でないなら議政府の殿。
そこで見つからねば探し出す。何もなければ善し。何かあれば。

握り締めた柄、鞘内で揺れる剣が喧しい音を立てた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさんのお話をちゃんと読めばよくわかるはずなのに…
    ソヨンは側近にはなれないんですよね。
    変なリクエストしてしまった。
    それでもソンジン&ソヨンのこれからが心配。ちゃんと話せばわかるよ!ねっ!

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